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2010年4月20日(火)

「 夢で2度会えれば、それは幻じゃない 









ワンダーウォール

 数えで7年に一度の信州の大祭「御柱(おんばしら)祭り」が、盛大に開催されている。

 

 本社がある諏訪だけでなく、各地に分社があるので、諏訪と比べて小さいが、諏訪大社系列の神社を奉っている地域もにわかに盛り上がる。

 

 そんな信州を縦断されて、我が家を見学に来られた方がいる。

 

 世田谷花き市場のバラチームと中卸のプランツパートナー大田店の方々である。

 

 中央道の渋滞にもめげず、中野市の保科バラ園から信州を南下し到着したのは、午後4時。

 

 遠路遥々ご来園頂いたのに、滞在時間は僅か1時間半と忙しないものだった。

 

 それでも、温室をくまなくご覧になって頂いて、粗茶を飲みながら雑談も出来た。

 

 祭日も連休もなく働く市場の人が、たまの休みに遠方に出かけるのも、なかなかどうして大変なことである。

 

 温室の中で話題に上ったのが、私への携帯電話への連絡が取れない事であった。

 

 「この際、はっきりさせとこうよ!」と言われたので、ブログ中に堂々と、私が電話に出ないタイミングを記しておくので、ご留意頂ければと思う。

 

     ジャンプを読んでいる時は、出ません。(月曜の昼)

     うまい昼食をガッツいている時は、出ません。(正午前後)

     もう既に通話中の時は、出ません。(タイミング悪い)

     トイレ中には、出ません。(出られても嫌でしょ?)

     二日酔いで気持ち悪い時は、出ません。(朝10時頃まで)

     お昼寝をしようと横になっていたら、出ません。(正午過ぎ)

     お昼寝明けで機嫌がすぐれない時は、出ません。(1時半から30分弱)

     お昼寝をしている最中は、どんなに長時間鳴らそうとも絶対に、出ません!(曜日によって違いますが、表日の私の昼食休憩は12時から1時半です。)

 

マナーモードにしてあるので、如何に鳴らそうとも無意味です。

 

横柄で傲慢だとは、重々承知しておりますが、自腹で持っている携帯電話に私がいつ出ようとも、私の勝手である事に、間違いはありませんから。

 

その代わり、お約束します。

 

着信履歴があれば、例え1コール切りであっても、知らない番号であっても掛け直しますので、お気軽にご連絡下さい。

 

携帯のメールアドレスも、誰にでも簡単にお教えしますので、いつでもお尋ね下さい。

 

「いつでも繋がる。」と思えば、腹も立つでしょうが、「7年に1回しか繋がらない。」と思えば、私はかなりの頻度で電話に出ます。

2010年4月12日(月)

「 しゅんぷう 


 朝の花切りを終え、朝食を食べていると、裏庭から耳慣れない音が聞こえる。

 

 耳を澄ませて視線を向けると、どうやら鶯(うぐいす)が鳴いている。

 

 別名、春告鳥(はるつげどり)と呼ばれるオリーブ色の大きな雀の様な彼が歌うと、日に日に緑が湧く信州の春に活気が付く様だ。

 

 新年度を向かえ、運送会社を変えてみたところ、信じられない出来事が起こってしまった。

 

 「一梱包、縦・横・高さ合わせて180cm以内にして下さい。多少は越えても問題ありません。」と運送屋のさわやかお兄さんに言われたので、今まで計ったこともなかった梱包時の外周を計ってみれば、なんと180cmに遠くとも及んでいなかった。

 

 つまり、ずっと損していた事になる!

 

 ヨーグルトの好きな所は、フタの裏に付いた部分と答えてしまう。

 

それ程、けち臭い私が、就農してから4年間ずっと規定より小さいサイズで出荷していたのだ。

 

 不況の折、経費削減と無駄を省く為、口酸っぱくなる程、家族に小言を言っていた私が、何たる事であろうか。

 

 そんな訳で、今後、我が家の梱包は一回り大きくなるので、ご理解、ご周知頂きたい。

 

 4年前から気付いていれば、これまでどれ程の経費削減が出来たかと思うと、歯痒くてならない。

 

 イライラがほとばしり、ハンカチの裾を噛みたくなる。

 

 鶯のまたの名は「経読鳥(きょうよみどり)」

 

「ホーホケキョ、ホケキョウー(法華経)」と鳴く鳥に、瑣末な事で腹を立てる私に、説法をして頂いた気分になる。








2010年4月4日(日)

「 You are my・・・・ 








 宮沢賢治の数少ない生前の作品に「シグナルとシグナレス」というのがある。

 

 普段は恋愛物など一切読まない私が、心打たれてしまった。

 

 なんとこの物語は、タイトルから察しがつくかと思うが、鉄道の信号機同士の恋物語である。

 

 寒空の中に立つ2つの信号機が、思いを伝え心の繋がりだけを求める。

 

 到底、私には想像できない「賢治ワールド」に感銘を覚え、二人の恋を応援しながら読んでしまった。

 

 

 この所、農業に関しての講習会や誌面を読むと、何かにつけ「ブランド」という文字が目に付く。

 

 簡単に「ブランド」作りを提案されても、そうそうブランド化など、出来るものでもない様な気がする。

 

 むしろ私の様な先見の明がない人間は、発言者に対して「ブランドって言いたいだけじゃねぇの?」と疑心暗鬼にすら陥ってしまう。

 

 安易に「ブランド」と言ってしまえば、口当たりも良く、聴いている方も「なるほど」と思いがちだ。

 

 どういうものが「ブランド」なのかは明確には分からないが、私は「誓約にも似た制約」を設けることではないかと思う。

 

 「○○は必ず行うが、△△は一切しない。」の様な覚悟を生産や販売にするだけで、十分特異性が現れてくる。

 

 制約を厳しくすればする程、ブランドとしての価値が向上するのではないだろうか?

 

 そんな事を考えながら新芽の整理をしていた。

 

 触れ合う事もできない「シグナルとシグナレス」の声は、気持ちを風に乗せて伝える。

 

 やさぐれた私の心に、久しぶりのラブロマンスが痛いくらい染み渡る。

 

 そして私も「ほぅ」っと白い息を吐いた。




2010年3月25日(木)

「 息白く 歩く頭上に 星が巡る 


この所、NG集を見ている様に不幸が纏(まと)わり付く。

 

 生まれて此の方、人に恵まれ、物に恵まれ、機会に恵まれてきた幸せな私の人生も、いよいよ終止符を打たれてしまうのかと嘆いていた。

 

 藁(わら)にも縋(すが)る思いで調べてみると、どうやら「細木数子」さんの占いで有名な「六星

占術」で言うところの「大殺界」と言うもので何をやっても凶らしい。

 

 しかも事もあろうか、「大殺界」というのは、丸々3年続き、現在2年目の私の運気はどん底らしい。

 

 

 花に携わった仕事をしていると、他業種の方からは、あたかもメルヘンチックに思えるのだろうか、「良い仕事だね。」等と言われる事があるが、漏れる事無く他の仕事同様甘いものではない。

 

 一番大変な事と言えば、休みが取れない事であろうか?

 

 今は、私も就農して人手が増え、必要とあらば交代で休みを取る事が出来る。

 

しかし、一度バラ農家になってしまえば、一生涯朝晩の花切りは続き、温度管理の為に長期間、地元を離れるわけにもいかない。

 

故に私は子供の頃から「家族旅行」というものを一度もしたことが無い。

 

両親と妹達と泊りで遠出した事が、生まれてから一度もない。

 

冬の時期に、一度だけ日帰りで遊園地に連れて行って貰った事があったが、当時私は嬉しくて泣いてしまった。

 

きっと父と母もその事を悔いているだろう。

 

今となっては、どうせ朧気(おぼろげ)にしか記憶の残らない幼少期より、青年期に学業の為に、大金をはたいてくれた事の方が、遥かに感謝している。

 

しかし、他の職業の方には申し訳ないが、花生産者はどの職業よりも「不幸」に強い。

 

「花が咲く。」

 

その状態には「愛」や「幸福」の様な気持ちが溢れているからである。

 

故に「大殺界」ど真ん中であっても私は楽観的である。

 

というか、後19ヶ月でこの状態から抜けられると思うと、晴れ晴れとした気持ちになってしまう。

 

それに、この期間中は、身に降る不幸を全て「大殺界」のせいに出来てしまう。

 

「ブログの誤字脱字」「失言」「金欠」「腰痛・肩こり」「欠品」「仕事のミス」「二日酔い」

 

私に非はない、全て「大殺界」が悪いのだ。

バイ ア モーメント


ワンダーウォール





グランス


2010年3月20日(土)

「 悪意とデリカシー 









レディーチャペル


レディチャペル

 「三十路の手習い」と思いギターを始めた私だが、見るとやるのでは大違いで、なかなか上達しない。

 

 ライブ映像や音楽番組、プロモーションビデオを見ていると、プロは皆ギターの弦を軽く押さえているように見えるが、かなりしっかり押さえないと音が出ない。

 

 風呂上りに酒を飲みながら練習していても、「今日はここまで!」と思う最たる理由が、弦を押さえていた指の痛さと握力の低下である。

 

 きっとギターが上手い人は、物凄く握力があって指先が硬いのであろうか?

 

 「バラ屋のギタリスト」そんな響きの良い存在になれればいいが、バラ屋はしばしばギターの練習が出来なくなる。

 

 

 「オオイヌノフグリ」が蕾をつけ群生し、「踊子草」が開花の準備を忙しくしながら、温室の周りに広がっていく。

 

 モノトーンに包まれていた信州の冬が、雪と共に足元から溶けていく。

 

 我が家の温室も、最近急激に春めいてきた。

 

 「レディ チャペル」が桜色の大輪を咲かせている。

 

 しっかりと伸びた茎に繊細なピンクで、ロゼットに咲く。

 

 春の訪れに相応しい色彩である。

 

 イングリッシュローズよりは幾分花足が遅いので、安心してコロンとした春を味わって欲しいものだ。

 

 棘もほとんど無く、バラ屋にもお花屋さんにも嬉しい限りだ。

 

 バラを愛で、我が子の様に育てるバラ農家にも、バラはしばしば容赦なく棘で攻撃してくる。

 

 まぁ、バラが悪意を持って攻撃してくるわけでもないので、どうこうするわけでもなく、刺さった棘を抜くしかない。

 

 ただ、刺抜き作業を怠ると棘が皮下に入ってしまい、時折膿んでしまう事もある。

 

 指が膿んでしまうと、下手なりに楽しんでいるギターの練習できない。

 

 バラに悪意がないにしても、父であり、兄である私にもう少し気を使って頂きたいものである。

 

 仕方がないので、酒だけ飲む。

 

 アルコール中毒一歩手前だな・・・。



2010年3月16日(火)

「 Don’t worry, Be happy  


 近年は「地方」や「田舎」が、注目されている事が多い。

 

 各県の「県民性」や「お国訛り」が取沙汰されている。

 

 一世代前は地方出身者であることが、あたかも恥の様に出身地や訛りを隠している人が多かったような気がする。

 

 それでいて、他県の田舎ぶりを小バカにするので、始末が悪い。

 

 私が好きな幕末期には、皆、堂々とお国訛りで出身藩と生まれた里の風景を自慢していたらしい。

 

 3月も中旬になり、徐々にではあるが、需要も高まってきた。

 

 今まで「紙の無駄なのではないだろうか?」と思ってしまう程、寂しかった注文書にも文字と数字が増えてきた。

 

 我が家の出荷が始まった品種も「NEWS」のページに動向を記しておくので、またご覧になって頂きたい。

 

 私は毎年、年の瀬になると新しいカレンダーを作業場に貼る。

 

一年間全ての週末と祝日の六曜を調べ、日柄のいい週には☆マークを書き、さらにその週の60日前に※印を書き、年間の仕事の大雑把な計画を立てる。

 

だから私自身は、需要期は概ね頭に入っているのだ。

 

分かっていても3月の三連休前のこの需要期に、我が家の看板娘の「ジプシーキュリオーサ」「ワンダーウォール」「バイアモーメント」は間に合いそうもない。

 

注文の問い合わせが来る度に、温室に入って祈ってしまう。

 

中央アルプスと南アルプスの間に、雄々しく体をうねらせる天竜川のほとりにある南信州では、とても素敵な「方言」がある。

 

「あんじゃあない」である。

 

おそらく「案ずる事はない」が訛ったのであろうが、「心配するな」とか「大丈夫」「問題ない」という意味で、普段の生活で物凄く使用頻度が高い。

 

「すみません。まだ出荷ありません。」と平身低頭で謝る私に、こう言って頂けると幾分気が休まる。

 

「ワンダーウォール出荷できる?」

「まだ切れません。すみません!」

OK!あんじゃあないよ!」という風に。

 

 ん〜。でもあっさり言われてしまうと、それはそれで寂しい気がするので、ニュアンスには十分気をつけて頂きたい。









ジプシーキュリオーサ


2010年3月10日(水)

「 梅香打つ 雨音虚しく 川に流るる 



(2010/3/3 水耕


(2010/3/3 土耕

エヴァーロング

エヴァーロング

 私は今でこそ、そこそこ身長があるが、高校1年まではとても小さかった。

 

 小さく細く、いつまでも変声期が来ない私に、祖母はよく「牛乳を飲みなさい」と言っていたのを思い出す。

 

 立派なおっさんに成長している私でも、もう半ば諦めている成長がある。

 

 それは「ヒゲ」と「モミアゲ」である。

 

 中学の時に「ソウル」に目覚めた私は、いつかアフロヘアーにしてL字のモミアゲと丁寧にスタイリングされたヒゲを蓄えるのが夢であったが、どうやら私にその才能はないようだ。

 

 12月に定植した「エヴァーロング」が、信州にゆっくり訪れる春の日を受けて、ここ数週間でぐんぐん成長している。

 

 栽培はなんと、土耕と水耕で1通りずつ。

 

 こんな奇行をしていれば、他のバラ農家に笑われてしまいそうだが、土耕栽培の温室が満席であった為に、已む無く半分水耕にしてしまった。

 

 とはいえ、何やらそれも良い様な気がする。

 

 やはり土耕と水耕では、最初の生育にこうも差が出るものかと勉強になった。

 

 概ね40日程度の成長の差が生じている。

 

 毎日、溶液をたくさん根に受けている水耕は、成長がとても早い。

 

 水耕に比べて、おっとりと成長する土耕のバラも花を咲かせてみれば、小振りでも気丈なバラになるかもしれない。

 

 採花本数と等階級や品質を調べていけば、水耕、土耕のメリット、デメリットがはっきりするかもしれない。

 

 水耕は7月上旬、土耕は9月上旬の出荷になりそうだ。

 

 丈の長いものは水耕、短いものは土耕という風になりそうなので、興味のある方は店頭で比べて頂ければ、同条件下で育ったバラの水耕、土耕の違いをご理解頂けるであろう。

 

 活発に育つ水耕、おおらかに育つ土耕のどちらの「エヴァーロング」も花芽をつけるのが待ち遠しい。

 

 夢半ばに打ち砕けた私のヒゲは、今となっては月2回程度のヒゲ剃りで十分だ。

 

 成長が悪くても頑張って生えているヒゲをかわいがって伸ばしていると、「貧相」などと言われてしまう。

 

 「気にしなくていいんだよ。」と今日も我があごを優しくなでる。



2010年3月4日(木)

「 ベロベロ&メロメロ 


 先日、就寝していると、近くの自動販売機周辺から怒声が聞こえてきた。

 

 何事かと思い聞き耳を立てていると、どうやら男性2名が口論しているようであった。

 

 どうせ目を覚ましてしまったついでと、盗み聞きをしていると、寝ながら聞いているこちらが恥ずかしくなってしまった。

 

 喧嘩の内容は詳しくはわからないが、会話の節々に「男の道」やら「親友だろ?!」やら「お前に俺の気持ちなんてわからない!」などと30分くらい道端で言い合った挙げ句、「今日は思いっきり飲もうぜ!」と仲直りして、また飲みに戻っていった。

 

 三文芝居以下の近い茶番劇が、その後の私の安らかな睡眠を促したのは言うまでもない。

 

 酒を飲むと本音が晒(さら)け出てしまうものなのかもしれないが、素面(しらふ)で聞いているこちらには鳥肌ものの光景であった。

 

 3月が、いよいよやって来る。

 

 ここ数日は、南信にも小春日和が続き、短かったスノーボードシーズンに終止符を打たれそうだ。

 

 気の早い品種は、長い冬休みを切り上げ、少しずつ花を咲かせてきた。

 

 「イントゥリーグ」「ザ・プリンス」「アブラハムダービー」である。

 

 我が家の「芳香担当」と読んでもいいくらい、香りの強い娘たちである。

 

 花色や咲き方も然る事ながら、久しぶりに鼻を近づけると、腰が砕けるくらいウットリさせられる。

 

 3月の第一・二週に集中的に出荷できると思うので、ご利用頂ければ、店内もウットリ、ブーケもウットリ、アレンジメントもウットリさせられる事、請け合いである。

 

 最近は、ラナンキュラスやトルコキキョウに押され気味のバラであるが、香りの良さや芳香の種類であれば、どの花の追随を許さない。

 

 人の脳の香りを認識する部分と記憶を司る部分は近い為、懐かしい香りを嗅ぐと、当時の記憶が鮮明に蘇えるらしい。

 

 記憶の栞(しおり)代わりに出来事に香りを添えると、色あせない思い出にならないだろうか。

 酒飲みの私もきっと泥酔して、こっ恥ずかしい事を口にしているかもしれない。

 

 酒の席に芳香の強いバラを一輪、翌日そのバラの香りを嗅げば、己の大根役者ぶりに汗顔し、精神崩壊を起してしまう。

 

 自己防衛の為にも人間は記憶を飛ばしているのかもしれないし、私もそうに違いない。

 

 なんとも良く出来ているものだ。





イントゥリーグ



2010年2月28日(日)

「 23歳+御柱祭り一回分 










 私には全く関係のない話であるが、バンクーバー五輪の日本代表の服装問題で、世の中は揺らいでいる。

 

 「服装なんて関係ない。」「日本の代表なのにだらしない。」と人々のご意見は様々である。

 

 私はちょっと世間とは思考が違い、唯一思うのは「ダサい」の一言である。

 

 スノーボード界のファッションリーダーでもあるプロボーダーに、私が意見を垂れるのも、釈迦に説法だと重々承知しているが、高校生の登下校のようで、成人男子とは思えないかっこ悪さが目に付いた。

 

 普段はどんな格好であっても、フォーマルを着用する時は、きちっと着る事のカッコ良さに気付くには、まだ彼は若いのであろうか。

 

 かくいう私も10年前には、ダボダボのパンツの裾を引きずって歩いていた。

 

 

 先日、名古屋に誕生する新市場「名港フラワーブリッジ」の生産者説明会があったので、見学してきた。

 

 名古屋市港区は高速道路が高架を連ね、巨大な工場が軒を並べる。

 

 「工場萌え」の私にはたまらない金属の森を脇目に、広大な敷地に新市場が建造されていた。

 

 まだ、至る所にホコリよけのビニールがかかった場内には、最新式のひな壇や長く続くベルトコンベア、トラックターミナルとまだ始動していないのに、溢れる人、花、行きかう車の活気が目に見えるようである。

 

 10年前に開場した世田谷花きで働いていた私には、10年で進んだ、市場施設技術に度肝を抜かれた。

 

 セリ方式も「価格入力方式」という入札制を導入し、売り手側主導のセリ方式が注目されている。

 

 また、中央市場ではない為に、市場法に拘束されることのない柔軟な経営が可能である点も魅力である。

 

 4月より産声を上げる新市場は開場直後の混乱は予測されるが、今後どういう展開をしていくかは、日本の花業界の行く末も示唆されるだろう。

 

 「十年一昔」というが、10年後の自分はどうなっているだろう?

 

 未来の自分がかっこ良くある為に、忙しくはあるが、日々を徒労に終えたくはない。

 

 荒波の中にあっても、常に灯台を見失わない船の様に、視野広く帆を張って進みたい。

 

 突如、10年後の私が現れて「はぁ、この頃は若かったなぁ。」などと馬鹿にされれば、自分自身と喧嘩になってしまうだろうか?

 

 いやいや、年長者を敬う事を忘れない私は、きっと大丈夫であろう。



2010年2月24日(水)

「 じゅるり・・・ 


 近頃では「肉食系男子」の減少が危惧されている。

 

 「肉食」と一口に言っても、他の生物を捕食して生きる生物の「狩り」の仕方は様々である。

 

 擬態や特殊能力を使う「技術型」、罠を張り標的の侵入を待つ「頭脳型」、力とスピードで攻め立てる「パワー型」。

 

 「技術型」は生物で言えば、カメレオンやコウモリであろうか、男性で言えばスポーツや音楽などの得意分野で女性を魅了するタイプ。

 

 「頭脳型」は蜘蛛(くも)やアリ地獄の昆虫系に見られ、男性では、優しさや軽快な話術が売りで、長時間かけて女性を口説くタイプ。

 

 

 先日、愛知県に赴く予定があったので、以前から気になっていた生花店へ見学に寄らせて頂いた。

 

 豊明市にある「花の生花園」である。

 

 全ての始まりは、我が家のバラを先方がご希望されて、購入手段をEメールで質問して頂いた。

 

 その後、HPを拝見させて頂くと、我が家のバラはおろか全国中の希少価値の高いバラを取り扱っていらっしゃる事がわかった。

 

 生産地や品種へのコメントも細かく記載されている。

 

 無礼は承知の上で「アポ無し」で、店舗へ伺う。

 

 アポイントメントを取らないのは、約束しておいて行けなくなる事も、ままあるからだ。

 

 不躾に店内に入り、店内にたくさん陳列されている色とりどりのこだわりの花を物色する。

 

 一般客かと思って、話し掛けてくれたところで、正体を明かす。

 

 お忙しい所に勝手に押し入ったのに、バラの品種に関する事、西日本での実力派産地の事、JFTDの展望など、熱くも勉強になるお話を聞かせて頂いた。

 

 我が家の様な、零細農家と比べては申し訳ないが、巨大流通する花産業の中にあって、独自の特色を押し出す事によって、身の回りのお客様を大事にしている点では、街のお花屋さんも小規模農家も同じ視点なのではないかと思った。

 

 無断で押し掛けたにも関わらず、帰り際にお勧め品種のバラを頂戴してしまった。

 

 花束を持って車に乗り込む私の顔は、獲物を口に銜えた肉食獣の様にほころんでいる。

 

 「パワー型」の私は、その後の事など顧みず牙むき出しで、獲物に襲い掛かる。

 

 皆様も店の窓から「ティラノサウルス」が狙っているかもしれませんので、ご注意を。




















2010年2月18日(木)

「 Push me up 













 「力士」という字には「士(さむらい)」という字が入っている。

 

 故に、お相撲取りは「士分(武士の階級)」であるという。

 

 それ以前に、国技である為に、他のスポーツとは違い、品格や礼儀が重んじられるべきだと私は思う。

 

 特に横綱ともなれば、その所作は当然求められ、基本的に先手を打ってはいけないらしい。

 

 相撲の勝負の精神は「押さば押せ、引かば押せ」と言われる様に、相手に惑わされる事なく、ひたすら前進する「押し相撲」が王道である。

 

 

 先日、世田谷花き事業協同組合(お花屋さんの組合)、東京フラワーホールマーケット協同組合(世田谷市場内の中卸の組合)、世田谷花き研究会(生産者組合)の3組合合同の新年会が挙行された。

 

 世田谷花きの社員も含め、総勢270人の大所帯で、ホテルニューオータニで行われた。

 

 生産者も普段はなかなかこんなに多くの花屋さんと、交流する事が出来ないとあって、地方よりたくさん出席した。

 

 私はふらふらしては、知り合いのお花屋さんと話していたが、大抵の方に言われるのは「元気?大丈夫?」である。

 

 というのも当然の様に信州の冬は寒く、出荷本数が著しく少ない為に、心配されるのであろう。

 

 毎年の事であるが、軽い「死亡説」にも近い感じに心配される。

 

 同様に毎年の事だが「お蔭様で、3月には出荷量も増えるので。」と説明をする。

 

 すると「横浜ハナミ」の馬場さんが、会話の去り際に「待ってるよ!」と言ってくれた。

 

 正直「ぐっ!」と来てしまった。

 

 休眠中の農家にとって、こんなに嬉しい言葉があるであろうか。

 

 農閑期農家は米農家であれ、花農家であれ誰もが気に病む「客離れ」を一蹴してくれた。

 

 我が家の出荷は、今一時は引き気味ではあるが、1ヵ月後には身を翻(ひるがえ)し、お得意様に自慢の娘が行き届くよう「押し相撲」に転じたい。

 

3月に入れば「一押し、ニ押し、三に押し」の精神で頑張りたい。

 

おっと!

 

これは相撲ではなく、女性を口説く時の常套手段であった。



2010年2月14日(日)

「 コマーシャル 〜 ロジータベンデラ編 〜 


 ダイエットの為に始めたジョギングだったが、いつの間にか走る楽しみに、のめり込んでしまった。

 

 最近では、仕事を終えると、音楽を聴きながら1時間半近く走っている。

 

 走り出して1年。体脂肪も10%を切ったので、近くで開催されるハーフマラソン大会に参加してみようと思った。

 

 ウェアと靴を新調して、慣らしに走ってみた。

 

 タイムも体調も良い。

 

 気分良く風呂上りに、ビールを飲んでいると、

「ヨシ君。マラソン大会なんだけど・・・。休日出勤しなくちゃいけなくて・・。」

 申し訳なさそうに小声で、小百合がキッチンから話しかけてきた。

 

「はぁ!?」

ずっと応援してくれていると思っていたのに、小百合に裏切られた気がした。

「別にいいよ。」

と、言って握りつぶした空き缶をゴミ箱に投げ捨てた。

 

「いってらっしゃい。」

見送る小百合を不機嫌にあしらい。早朝会場に向かう。

 

 小さな市民マラソンだが、参加者は多いく、少し緊張してきた。

 

 15km地点を過ぎて少し経つと、いつもは余裕なのに、何故か横っ腹に差し込むように痛みが走る。

 

 呼吸もままならない、一気にペースダウンした。

 

 自分自身に腹が立った。いつもなら余裕なのに・・・悔しくて仕方がない。

 

 ゴールがあるグラウンドの入り口に、場違いな職場の制服を着て心配そうに、こっちを見ている小百合を見つけた。

 

 情けない気持ちに拍車がかかり、ゴール後にスポーツドリンクを持ってきてくれた小百合に冷たくしてしまった。

 

「お疲れ様。会社のお昼休み短いから、戻らなきゃ・・。また夜ね。」

 

 帰りの駅のコインロッカーで着替えを取り出しながら、自分の情けなさと小百合の優しさに益々気分が滅入っている目に、すし屋の看板と駅前の花屋が写った。

 

 二人が好きな玉子の寿司を持ちながら、生まれて初めて花屋に入る。

 

素直に小百合の顔を見て言える自信がないが、感謝の気持ちと花束と寿司を渡すイメージトレーニングをする。

 

 ありふれた毎日を 特別な一日に

 

 言葉に出来ない「ありがとう」「ごめんね」「大好き」を

 「ロジータベンデラ」に込めて。

ロジータベンデラ

                              product by 堀木園芸




2010年2月13日(土)

「 Stronger, harder & Tough 


 私が中学生くらいの頃であろうか。

 

 結婚した従兄弟(いとこ)が、久しぶりに正月に、我が家に遊びに来た。

 

 祖母が「嫁ぎ先で一生懸命頑張ってる。」と彼女がいない所で、呟いていた。

 

 見てもないのに何故そんなことが分かるのかと、祖母に尋ねてみると、「足の甲のくるぶし近くにタコが出来ている。」と言った。

 

 掘り下げて聞いてみると、畳文化の日本では、正座をよくする事があるが、正座の状態から立ち上がったり、そのままの体勢で仕事をしたりすると、足の甲に負荷がかかり、タコが出来るらしい。

 

 昔の主婦は、大抵その部位にタコが出来ていたそうだ。

 

 なかなか今の住宅には、座敷が少なくなってしまったが、従兄弟の嫁ぎ先が寿司屋であった為に、尚更そうなったのであろう。

 

 胼胝(たこ)というものは、何処に出来ていても、修練の賜物である。

 

 タコの数が多いほど、そのタコが硬く大きい程、何かに打ち込んだ痕跡であろう。

 

 トップページの写真に、バラの蕾を持っている父の手の写真があるが、父の手はほぼ全面がタコで構成されていると言っても、過言ではない。

 

 普段の仕事から、手袋というものを使用しないからだ。

 

 というか、たまに破けた軍手などを着けている事があるが、軍手の下の素手の方が、牛皮の様で明らかに硬そうである。

 

 40年間毎日バラ屋をやっていると、そういう手に成る様だ。

 

 父の手の写真を見た方が、時折、私の手も見せてくれと言われる事があるが、大抵の場合ガッカリされる。

 

 私の手が思いの他、綺麗だからであろう。

 

 それもその筈である。

 

 私は一つ千円もする柔らかくカッコイイ皮手袋を愛用しているからだ。

 

 「ワーク○ン」で売ってるから、バラ農家にはお勧めである。

 

 何年バラ農家をしていても、私の手は柔らかく、何故か日に日に図々しさだけ図太くなっていく。

 












2010年2月6日(土)

「 おなじ歩幅 








 「仁義」という言葉を聞くと、やくざものの映画を思い出してしまいがちである。

 

 しかし、本来は儒教の「五常の徳」の「仁・義・礼・智・信」の最も大切にされる頭の2文字である。

 

 仁とは、優しさと慈しみの心であり、義とは正しい事、正義の心である。

 

 また、礼は感謝の心、智は善悪を判断する知識を身につけ、信は嘘をつかない心である。

 

 この五つを守れば、徳の高い人間になれると孔子はおっしゃっている。

 

 

 信州の冬も2月に入り、寒さは和らぐ事無く、自然の偉大さを大地に住む全てのものに知らしめる。

 

 いくら日中は20℃後半、夜間は18℃を維持している温室であっても、それ程バラも咲くわけではない。

 

 バラに普段出来ない細かい手入れをしたり、掃除をしたり、修理をしたり、税金の計算をしたり、販売データを集計したりとやる事は多少ある。

 

 農閑期になるといつも思うのだが、繁忙期、特に9月、10月に起こる市場、中卸、生花店の花の取り合いは、つい失笑してしまう。

 

 気の早い方なら、1ヶ月前からバラの注文を頂くこともある。

 

 どんなに有名なお花屋さんでも、高単価にして頂いても、私はあっさり注文を断ってしまうことがある。

 

 それは、花が売れない時期でも、買い支えてくれた取引先が「欲しい」と言ってくれれば、どんなに不条理な時間帯に注文が入ってきても、そちらを優先する。

 

 「定期出荷」を、どのくらいの生産者と生花店が組んでいるか分からないが、週に一箱でも安定して購入しておけば、繁忙期に慌てる必要はない。

 

 それを「損」と取るか「得」と取るかは、各々であろうが、繁忙期より、閑散期の方が遥かに多いのだから、農家は絶対に裏切らないと私は思う。

 

 思い上がりの傲慢な考え方と、罵られてしまうかもしれないが、そう思う。

 

 百姓の私には、聖人君子の様な「五徳」は難しくとも、せめて「仁義」くらいは大切にしたい。

 

「偉そうに講釈たれる割には、秋口の欠品多いね」

 

 ギャーーー!! 胸が痛い!!!



2010年1月31日(日)

「 琉璃も玻璃も照らせば光る 


 農業をやっていると異性との出会いがないと言う、御仁が稀にいる。

 

 確かに他業種と比べ、人間と向き合うより、土や作物に向き合う時間のほうが遥かに長い。

 

 南信州にリニアが開通すると、若者が都会へ流出すると、またある御仁が嘆く。

 

 確かに飯田市〜東京間45分では、通勤できてしまう。

 

 私はここ数年、毎年行くスキー場がある。

 

 「スキー場」と呼称するには、恐れ多いほどライダーを一切拘束しない広大なゲレンデと雪がある。

 

 そして、そのゲレンデに負けるとも劣らない格の存在がある。

 

 オンボロだがモツ煮が異常に美味く、田舎の優しいおじさんとおばさんを絵に描いた様な食堂。

 

一歩踏み入れるとスイスに来たかと勘違いしてしまう程、店内がお洒落で絶品の洋食を出すレストラン。

 

格安だが源泉かけ流し、いや垂れ流しの激熱の湯に集う、気軽に声をかけてくるカッコイイおじいちゃんがいる銭湯。

 

白樺が夕日を浴びて、黄金に輝く時間には空と仲間と銀世界しかいない空間。

 

三十路にもなると、上等も下等も経験して、何かにつけケチをつけたくなるが、正直言ってケチの付け所がない。

 

私が今まで訪れたスキー場の中では無論、間違いなく東洋随一である。

 

そして、そのホスピタリティ溢れる住民は皆「また来てね。」という割には「あまり有名になってたくさん人が来ても困る。」という。

 

彼らに儲かってもらいたいが、かと言って今のひなびた趣のある雰囲気が廃れてしまってももったいない。

 

モテない百姓も過疎化する町も、本当に不遇なのは状況ではなく、その存在そのものに輝きにも似た魅力がないからではないだろうか?

そのスキー場に、魅力と商売、そして、その本質を教わったような気がする。

 

この世の天国とも思える、そのゲレンデにまた行きたくてたまらない。

 

仕事なんかしてらんねぇ・・。





















2010年1月24日(日)

「 静かな山村の夕暮れの 空に飛んでいく鳥 














 「いちめんのなのはな」という詩をご存知だろうか?

 

 一編の詩の中に、24回も「一面の菜の花」と記し、それ以外の文章が3回だけ入る。

 

 小学生の私が読めば、単調なリズムが刻む唱歌のような、その詩に心揺さぶられる事はないであろう。

 

 しかし、三十路の私には、殊の外この詩が美しく思えてならない。

 

 この詩を読むだけで、詩人が見た風景が、魚眼レンズに写したように私の脳裏に投影される。

 

 

 我が家の土耕の温室には、通路、バラの木々の隙間に満遍なく「わら」が敷いてあるのは、以前にも記したことである。

 

 「藁(わら)」と一口に言っても、オーストラリア産の「小麦」を裁断したものを利用している。

 

 稲藁と違い、細かく裁断されていて、軽く、土に還りにくい。

 

 ふんわりしているので、保湿、保温効果も高いというわけだ。

 

 しかし、今年は小麦の穂が多く混入している為、気が付いたら、草原のような光景になっている。

 

 このような場合、電子マネーや3D映画が普及する世の中であっても、しゃがみこんで手で抜いていかなくてはならない。

 

 赤い眼が吹き出してきたバラを横目に、大男が小さくなって小麦の若葉を摘む。

 

 「こんな事なら、小さく育てば良かった」などと思いながら、冬場の貴重な太陽光を受け、北風で軋む温室の声を聞きながら、膝を抱えて前に進む。

 

 たまに立ち上がって思い切り伸びをすれば、自分が土から芽を吹く双葉のような既視感に襲われる。

 

 

 花の黄色と葉の緑が混ざり合って、黄緑色の画面の外から、麦笛の音やひばりのさえずりが聞こえる。

 

 「山村暮鳥」が描いた詩に、もっと早く出逢っていたかった様な、この歳になったから彼の世界観が理解出来た様な。

 

 頭は答えのない問に想いを巡らせ、手は一つ一つ若葉を摘み取る。

 

 「やべぇ!おれってカッコ良くない?」と自惚れてしまう。




2010年1月20日(水)

「 3回目 


 日本人は旬のものや流行が大好きであるが、流行の周期とはどのくらいなのだろう?

 

 人によっては10年という人もいるが、あなたはどう思われるだろうか?

 

 我が家の男どもは、決してお洒落というわけではないが、祖父から始まり、何故か三代ともスーツはスリムスーツである。

 

 ちょうど30歳ほど歳が離れているので、その点では周期は30年とも言える。

 

 でも、最近取沙汰されるファッションや音楽はどうも70年代が多いような気がする。

 

 とも成ると周期は40年だろうか。

 

 我が家の土耕栽培温室における剪定は、通常のバラの剪定のように、シュート枝を低く切り戻す仕立てである。

 

 イメージが湧かない方は、一昨年の12月頃のブログをご覧頂ければ、大体ご理解頂けると思う。

 

 外気より多少温かい温室の中で、地面から葉っぱが付いてない枝が数本、膝下くらいまでに刈り込まれている。

 

 今年度は、別の剪定方式を採用してみた。

 

 刈り込むのではなく、低く折り込むのだ。

 

 暖房温度も通常の剪定より高く、葉っぱを保持させたまま休眠を取らせる。

 

 刈り込みの新芽より、力強くはないが、休眠期間が少なくて済む。

 

 父も以前試した事がある手法で、私がオランダで修行していたバラ農家でも、冬場はこの仕立てであった。

 

 低く折り込まれたバラの通りは、まるで茶畑のようだ。

 

 1月の中旬で早くも新芽が芽吹いている。

 

 後は、シュート枝の立ち具合と短い休眠が夏秋場にどう作用するか見守っていきたい。

 

 一昔前の仕立て方法でも、場合によっては今の時代に適しているかも知れない。

 

 古き時代の流行や手法を取り入れることは、どのジャンルにでもありうることだ。

 

 そうであっても10年周期の流行であれば、同じ服装であってもそのうち3年程度は「お洒落さん」である。

 

 万が一私がダサい格好をしていても「ああ、7年目なのか。」と思っていただければ、近いうちに私がファッションリーダーになる日も遠くない。









2010年1月14日(木)

「 Sound of silence 








 私は気が向けば、町内をジョギングしている。

 

 音楽を聴きながら、1時間くらい馴染みの町内を徘徊する。

 

 冬の空気は乾燥しているし、心肺機能をより高めたいので、マスクをして走っているが、すれ違いざまに声をかけた友人に「怪しい。」と言われ、不審に思われない様に歩行者に挨拶をする。

 

 少し離れた距離から、よそ行きのいい声でするのだが、学生や年寄りより2040代のいい大人の方が挨拶できない。

 

 私も今の世代の大人の中の一人だが、挨拶に抵抗を覚える感覚は少しわかる。

 

 家族や友人に改まって挨拶をするのは、何やら気恥ずかしい。

 

 新年の挨拶など殊更で、「今年もよろしく」などと身近な人に言われると、「そんなのわかってらい!」なんて気がしてきちんと挨拶ができない。

 

 節目節目の挨拶とは、大事なものとわかっていてもなかなか出来ず、年明け初の仕事も淡々と終えてしまった。

 

 すると次の日、朝のバラ切りに温室に入ろうとすると、温室の扉がビクとも動かない。

 

 温室に付いた霜が、扉をすりガラスの様に凍りつかせ、頑なに私の侵入を拒む。

 

「挨拶できない子は、切らせてあげないわよ!」とバラに言われた様だ。

 

 ガラス戸のサッシを蹴ったり、叩いたり、氷点下の早朝に四苦八苦して、ようやく温室に入る。

 

 花切り前に、バラに向かって「今年も宜しくお願いします。」と挨拶をしてから、切り始める。

 

 口数少なく渋い大人にも憧れるが、ちゃんと挨拶も出来ないとね。

 

 私も今年で三十路に踏み入れる。

 

 坂本竜馬は日本を新たなステージに導き、33歳で短くも輝く生涯を終えた。

 

 まだまだ、世の中は混迷中であるようだが、今年頑張って明るい将来を掴みたい。

 

 「日本の夜明けぜよ!」と清々しい気持ちで言いたいものだ。

 

 明けましておめでとう御座います。皆々様方、今年も宜しくお願いします。