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 堀木園芸のブログは、筆者が謁見、拝聴、体験した事を先方の許可なく掲載させて頂いております。

 ご抗議や削除を求められる方は、
下記のアドレスまで、ご連絡下さい。



  堀木 園芸

horiki_rozen@ybb.ne.jp


Weblog  ブログ


2009年3月31日(火)
「 everlong(エヴァーロング)  













 農家の大半がそうであろうが、仕事中にラジオを聴いている。

 

 私も御多分に漏れず聞いているが、何やら気になることがある。

 

 最近という訳ではないだろうが、音楽のヒットチャートに上る歌の大抵が、ある2種類である。

 

 一つは、1020代の恋愛模様を描いているものが多く、オッサン街道ばく進中の私からすれば、あまりの青さ加減にいささか吐き気がする。

 

 もう一つは、応援系で「負けるな」「大丈夫」などの自己啓発を促す歌詞が、多様な言い回しで私をスピーカーから応援してくれて、逆に「お前が頑張れ!」などと言ってしまいそうだ。

 

 ミスターチルドレンの「everybody goes」という曲の中で、「退屈なヒットチャートにドロップキック」とう歌詞があるが、あまりの退屈ぶりにドロップキックどころか「回転胴回し蹴り」を浴びせたいくらいである。

 

 私の愛するロックンローラーに「Foo Fighters(フーファイターズ)」というアーティストがいて、ボーカルのデイヴ・グロールは天才としか言いようがない。

 

 激しい曲はサビの後に、もう一越えした激しさがあり、バラードは優しく渋い声で、甘い歌を歌う。

 

 「Foo Fighters」ラブソングは甘いだけではない。力強く歌うラブソングもある。

 

 「everlong(エヴァーロング)」の歌詞を一部抜粋する。

 

Hello. I've waited here for you. Everlong.
 (やぁ。君を待ってたよ。ずっと。)

And I wonder.
 (思うんだ。)

When I sing along with you,
 (君と歌っていると、)

If everything could ever feel this real forever,
 (
全てがリアルなこの瞬間はいつまで続く、)
If anything could ever be this good again.
 (
こんな気持ちを再び味わえるんだろうか。)

 

 この甘い歌詞をどれ程力強く歌っているかを、是非聞いて欲しい。

 

 この歌の名を、我が家の新しいバラに名づけた。

 

 淡く柔らかいクリーム色をしっかりとした数の多い花弁にのせる。

 

 ロゼット咲きに満開に開く、その姿はとても愛らしい。

 

 「回転胴回し蹴り」を喰らわせたヒットチャートに「どうだ!こんなにも力強く、甘いだけじゃないバラードを聴いたことがあるのかい!?」と罵りたい。

 

 その上で「この洋楽かぶれがぁっ!!」と言われてしまえば、何一つ楽器の出来ない哀れなロック好きの私など「しゅん・・・」となってしまう。


2009年3月27日(金)
「 オグラトースト  

 最近の健康志向ブームでウォーキングやランニングをする方が増えている。

 

 私も走るのが好きである。

 

 走っている時は、完璧に孤立無縁で、本能以外の余計な思考が遮断される。

 

 辛い坂道も走り辛い砂利道も、己との戦いである。

 

 もう8年位前に一度だけ、マラソン大会に出場し完走した事があるが、実の所マラソンは全く一人競技ではない。

 

 先日、名古屋の花兼花き市場にお邪魔させて頂いた。

 

 我が家が、東京の世田谷花き以外で、唯一安定して出荷している市場だ。

 

 以前から、名古屋の花き市場は面白い立地だと、耳にしていたが、何とも肝を抜かれた。

 

 例えるなら、東京の市場が、大型ビルに、市場から中卸まで入場しているデパートの様なものとすれば、名古屋の市場はセレクトショップが軒をなす原宿の様だ。

 

 名古屋市中区松原という一角に、市場7社、中卸30社が連なる。

 

 セリの時間ともなれば、各方面から威勢の良い口やりが聞こえてくる。

 

 道路にも所狭しと台車や出荷箱、生花店の車が止められていて、松本ナンバーの私などがウロウロし様ものなら、咥え煙草で花を運ぶお花屋さんに小言を言われてしまう。

 

 花兼花きの橋本専務に、中卸の「丸正」さんを紹介して頂いた。

 

 我が家が花兼花きに出荷しているバラの殆んどが、「丸正」さんの元へ届くそうだ。

 

 正直、店舗の前に立った時は、少し逃げ出したくなった。

 

 店舗のど真ん中に「伊那天竜のバラ・堀木園芸」と貼られた風船が浮かび、ブースがこさえてある。

 

 またレジ上にも我が家の品種一覧や出荷状況、HPのコピーが貼られていて、こんな歓待を受けた事が無い私は、恥ずかしいやら嬉しいやらで、伸長が10cmは縮んだ心持だった。

 

 これが「金のシャチホコ」や「娘三人持つと、家が潰れる」などで、県外に名を轟かす豪華絢爛主義の愛知県民性なのであろうかと、ハラハラしてしまった。

 

 上記の2社を含め、多くの市場や中卸が来年の3月をもって合併統合し、新市場に移転するらしい。

 

 マラソンは一人で走っている様に見えるが、走っている者同士、元気づけたり、沿道の声援で涙が出る程、勇気付けられる。

 

 我が家も、これから始まる新市場開場という名のマラソンスタートを応援したいものだ。












2009年3月24日(火)
「 こども電話相談室  












 お年頃の時には、人間様々な悩みを抱えるものであろう。

 

 かく言う私も少年期には、悩みを抱えていた。

 

 と言っても今となっては、なんと瑣末な事でコンプレックスを抱いていたのだろうと、自分の事ながら情けなくなる。

 

 天然パーマが嫌だったり、顔のホクロが気になったり。

 

 今思えば、甚だくだらない。

 

 外見の事だけ持ち上げれば、人間の肌の色は様々である。

 

 正に「十人十色」という表現が合致する。

 

 白人であっても、青白い人もいれば、赤味がかっている人もいるし、黒人であっても真っ黒の人もいれば、グレーの人もいる。

 

 アジア人においては、黄色と言うけれど、透き通る白さのアジアンビューティーから、東南アジア系のエキゾチックな色黒イケメンまで幅広い。

 

 その中でも私が大好きなのは、淡いピンク味がかった色白である。

 

 肌の薄さと弱さが垣間見られて、何とも言えない。

 

 バラで例えるなら、正しく我が家の「ベンデラ」色であろう。

 

 我が家の「ベンデラ」は以前「ピンク色過ぎる。」とクレームが付いた程のピンク味がかかり、更に花弁は厚手では有るが、繊細である。

 

 一昔前であれば、「白バラ」と言ったら「ティネケ」や「ローズユミ」の様な純白系が主流であったが、最近はアイボリーやリリーホワイト系が市場にも増えてきている。

 

 私にとっては大変喜ばしいことであるし、私のお気に入りのベンデラもいよいよ冬休みを終え、出荷の至りとなった。

 

 昔から、舞妓さんや花魁はおしろいで化粧し、水滸伝でも容姿端麗の美男子に「白面郎君」とあだ名されている。

 

 昔から「白さ」とは美の象徴なのだろう。

 

 めっきり「お年頃」を過ぎてしまった私には、最近トンと悩みもなく、自らのフェチシズムをWeb上で露呈し、ドン引きされても大して気にならない。



2009年3月21日(土)
「 僕らをつなぐもの  

 携帯電話を嫌う人がいる。

 

 理由を聞いてみると「携帯電話を持つ事によって、全てから拘束されてしまう。」というのだ。

 

 また、携帯電話を頻繁に利用する人の中には「なんで電話を掛けたのに出ないの!?」と腹を立てる方もいる。

 

 前者も後者も本質を見失ってはいまいか?

 

 携帯電話という名称から察するに、「携帯」する事は大変重要であるが、だからといって万象差し置いて電話に出る必要など無い。

 

 召喚される事が不本意であれば、電話に出なければいいし、こちらの勝手な都合で連絡しておいて、相手に敵意を向けるなど持っての他である。

 

 「ツール」に使われる様に成ってしまっては、創造主である人類の沽券に関わる。

 

 しかしながら、物に想いを託し伝える事は、至極美しい。

 

 手紙がそのいい例である。

 

 葉書や便箋、封筒、切手選びから始まり、言葉を選び自ら筆をとる。

 

 気持ちを伝える「ツール」の中では、美しさは携帯電話などの追随を許さない。

 

 手紙には到底及ばないが、我が家にも気持ちを伝える「ツール」がある。

 

 「ワンダーウォール」と「バイアモーメント」である。

 

 再三、花名の意味や由来を記すのも気が引けるので、興味のある方は「オリジナル品種」のページをご覧になって頂きたい。

 

 20品種近くバラを育てていて、特定の品種だけを優遇するのは、他の娘たちに申し訳ないが、私は彼女達がとても好きである。

 

 いつか、彼女たちに想いを託し、女性の心を射止めた男性がいたら、一目お会いしたい物である。

 

 私同様、彼女達が好きな方には大変お待たせしたが、いよいよ出荷が始まる。

 

 店頭で生産者の名前を表示しているのは良く目にする、我が家の名前などより「ワンダーウォール」たちの花名の意味を表示して頂ければ幸いである。

 

 「ワンダーウォール」と「バイアモーメント」凄く綺麗だったよ!

 

 そんな電話であれば、仮にう○こをしていても電話に出たいものだ。

 

 ただし、私は松田聖子バリのアイドルなので、う○こはしませんけど。
























2009年3月15日(日)
「 百獣の王  

















 時勢の話題を持ち上げるのは、あまり好きではないが、「草食系男子」というのが増えているらしい。

 

 女性に対してガツガツしていない男性の総称で、友達感覚で女性と付き合えるらしい。

 

 家事が好きで、綺麗好き。女性と2人で遊びに行っても、デートではなく遊んだだけ、同じ部屋に泊っても、何事も無く一夜が明け、女性から「かわいい」と言われるのも、やぶさかではないらしい。

 

 街中でアンケートを採ると、実に75%の男子が「草食系男子」の自覚があるらしい。

 

 元祖「肉食系男子」である私から見れば、苛立ちを通り越して、片腹痛い。

 

 「切り落とせ!」と言いたくもなってしまう。

 

 それ程「肉食」である事を鼓舞してしまうと、「堀木君て女好きで、ガツガツしてるのね。最低。」と言われそうであるが、そうではない。

 

 「肉食」「草食」と並べてしまうと、然も「肉食」の方が害悪な感じがするが、農家にとって草食ほど性質の悪いものはない。

 

 雀は米を食べるし、果実も食べる。草食の虫達は、葉を根を芽を花を食み生きている。

 

 啓蟄を過ぎ、お彼岸に向かう信州も日々春を感じる。

 

 日中ともなれば、温室内は常夏で、自動の天窓は軋みながら大きく開き、側窓も開け風を入れる。

 

 自然と害虫の侵入を促してしまう。

 

 昨年実施して功を奏した防虫ネットをまた取り付ける時期となった。

 

 タバコ蛾やコガネ虫等の被害を大幅に防げる。

 

 今年も、少しでも虫害を避け、品質のいいバラを皆様にお届け出来ればと思う。

 

 私にとってみれば、女性は野山に咲く花の様なもので、本来女性の敵は「肉食」でなく「草食」の奴らなのだと言いたい。

 

 それを証拠にライオンは、お腹がいっぱいの時は、近くを通るシマウマに見向きもしないが、牛とか羊は常に食べている。

 

 コアラなんかは、食っているか寝ているだけだ。

 

 しかも、世の中にはクリオネみたいに、一見かわいく見せといて実は肉食な奴もいるので、婦女子の皆様方におかれましては、ご用心して頂きたい。





2009年3月12日(木)
「 ぶた たぬき きつね ねこ  

 最近では、あまり使用しない言葉だが、「狐につままれる」と言葉がある。

 

 狐に化かされる事の意であるが、転じて「意外な展開に陥り、訳も分からず自失する事」らしい。

 

 日常の生活では、狐につままれる事が良くある。

 

 財布に入っているはずの現金が、いつの間にか減っていたり、自分は全く覚えていないのに、他人が自分の事を知っていたり、ガソリン税が含まれているガソリン代に、更に消費税がかかったり。

 

 狐と出会う事は無いが、つままれる事は多々ある。

 

 近頃、信州の長い冬眠から覚め、漸く動き出した我が家は、バラも日に日に増え、バラ屋らしくなってきた。

 

 ところが、来週くらいには一部のバラたちは、またお休みに入る。

 

 折角、「おっ!堀木が出ていたな。良し!買ってやろう。」と思われていた方には、申し訳ない。

 

 それというのも、剪定明けの春の一発目というのは、選定時期が同じな為、花の咲くタイミングが揃ってしまう。

 

 故に、2週間くらいで一気に花を咲かせ、また1ヶ月程休んでしまう。

 

 本来なら、採花時期を調整する為、工夫を凝らすのだが、3月はホワイトデー、卒業式、送別シーズン、また月末ともなれば、4月からの新装開店等のお祝いと需要が多少増える。

 

 それでいて、4月ともなれば、日本のそこ此処に花が咲き乱れ、小売需要はガタ落ちだ。

 

 そんな理由もあって、3月に出せるだけ出してしまい、4月はまた育成期間に入ろうという浅知恵が働くわけだ。

 

 仕入れをされている方には、迷惑千万であろう。

 

 今週セリに出ていたので、発注したら来週はありません。何てことになる訳だ。

 

 野山がなくなり、自然が少なくなっている昨今、山で住み辛い狐は、人に化けて人間社会に溶け込んでいるかもしれない。

 

 くれぐれも、つままれない様に、ご注意下さいコンコン。













「待っててネ・・」


2009年3月7日(土)
「 カンガルー  









 学生の時、教授に「習うは、学ぶの半ば」という言葉を中庭で教えて貰った。

 

 教授は、「人から聞いただけでは、理解した事にならない。それを体験して、他の人に要点を纏めて話すことが出来て初めて、理解したと言える。」と申された。

 

 私はよく人から、「物知り」や「雑学持ち」と呼ばれるが、人間は往々にして聞き流している事が多い。

 

 分からない事や知らない事に対して、気付くことは、その辺に生えている草木や風の薫り、空の色合いを感じる事の様に大切だ。

 

 この所、面白い被害が相次ぐ。

 

 と言うのも、先日水耕栽培の温室の新芽が、何者かによって食われている。

 

 大型の昆虫かとも思ったが、大抵昆虫や芋虫の場合、周辺に糞がある。

 

 仕舞いには、潅水チューブまでも食い千切られている。

 

 どうやらネズミの様だ。

 

 ネズミ捕りを仕掛けると、ネズミが採れた。

 

 またある日、土耕の温室に入ると、定植して2ヶ月程経過した「レディ・チャペル」の新芽が水落ちしている。

 

 父が見ると、「レディ・チャペル」の根の下をモグラが穴を掘ったらしく、根が浮き上がっていて、苗が水を上げられなかった。と教えてくれた。

 

 意外な者の進入に、被害意識よりも新たな経験に、少し胸の高鳴りを覚えた。

 

 大航海時代などは、船に乗った冒険家たちは、いくら危険であろうとも好奇心に突き動かされ、帆を張り、調べ、学んだのだろう。

 

 オーストラリアに上陸した西洋人は、原住民のアボリジニに、「あの飛び跳ねている動物は何と言う動物だ?」と訪ねた。

 

 アボリジニは英語が分からず、現地の言葉で「カンガルー(わからない)」と答えた。

 

 それからというもの、カンガルーは人々に「わからない」と呼ばれながらも、ぴょんぴょん跳ねている。

 

 まさに好奇心の塊だ。


2009年3月3日(火)
 Don’t Know Why  

 私はカフェイン中毒である。

 

 毎日コーヒーを飲むことを欠かさないし、無性に飲みたくなる。

 

 カフェインは依存性が微弱だが存在するらしい。

 

 何にでも依存したくなる、精神力の弱い私にとっては、コーヒー豆の格好の餌食である。

 

 ところが都市部と違い、田舎の信州にはテイクアウト出来る様な、コーヒーショップが滅多に無い。

 

 喫茶店に入る程、時間的余裕を持て余していないのであれば、辿り着くのは缶コーヒーとなりそうなものだが、私は缶コーヒーを飲まない。

 

 缶コーヒーは大抵異常なくらい甘いし、ブラックは薄い。

 

 カフェイン中毒の私に言わせれば、缶コーヒーのブラックなど、全くブラックではない、精々グレーぐらいだ。

 

 そんなわけで、毎朝コーヒーメーカーでコーヒーを作っている訳だが、最近疑問が生じた。

 

 何故、コンビニエンスストアでコーヒーを売らないのだろう。

 

 陸の孤島である南信においても、コンビニくらいはたくさんある。

 

 そのコンビニでコーヒーを売れば、スターバックスまでとは行かなくても、山沿いでシアトルの風を感じられると言うものだ。

 

 消費者の立場に立つと、好き勝手物を言ってしまう。

 

 しかし、それらの意見を軽視してはいけない。

 

 売り手、作り手からは想像も及ばないアイディアがあるかもしれない。

 

 今週から、我が家のバラたちも本格始動し始める。

 

 徐々に出荷できる品種も増えていくので、「News」のページをご覧になって頂きたい。

 

 そして、お買上げの際には忌憚の無いご意見を賜れば、ますます我が家のバラ作りは良くなるだろう。

 

 コーヒー同様渋味のある声と顔で、シアトルばりの爽やかさで応対させて頂きます。

 あっ!シアトル行った事なかった・・・。


















2009年2月16日(月)
「 もうすぐ  









 私は長男であることから、長男との付き合いがおおい。

 

 私の統計で見ていくと、第一子が男の子の場合、大抵体が弱い。

 

 何となくそんな気がする。

 

 かく言う私も、家族一病弱で、花粉症を持っているのも、家族で唯一私だけだ。

 

 先日も2、3日発熱し寝込んでしまった。

 

 39度程熱を出し、体の節々は痛み、悪寒に襲われ立ち歩きも間々ならず、食事も一切取れなかった。

 

 実は、この風邪一泊二日の消防団の旅行の初日にひいたのだが、私の体調が悪いと知ると、皆とても優しくしてくれた。

 

 家族もいつもより優しくなっており、たまに風邪を引くと、健康と周囲の人々の有り難さを感じる事が出来て新鮮である。

 

 この所、「バラのないバラ屋」堀木園芸において、私の仕事はお掃除と修理である。

 

 普段は忙しさのせいにして、片付ける事の無かった温室の隅を片付けて、整頓、掃除する。

 

 綺麗になった温室に、養生シートを新しく張替え、来るべき繁忙期に備える。

 

 打ち振るう金槌とシートを留めるUピンの奏でる音が、温室の中に小気味よく響く。

 

 たまには、花の仕事を離れて、大工仕事に精を出すのもいいものだ。

 

 温室が綺麗になれば、バラ達も気持ちいいだろう。

 

 すくすく成長して、来月には元気な花を付け、立派に都会へ旅立って行って欲しいものだ。

 

 小春日続く信州は、何やら冬と別れを告げられそうだ。

 

 3日間寝込んだお陰で、私の体脂肪は3%ダウン!

 

 いいねっ!



2009年2月9日(月)
「 林檎  

 神が創造した最初の人間であるアダムとイヴが、禁断の果実を食べてエデンの園を追放されたのは、有名な神話である。

 

 「禁断の果実」と聞いて林檎を思い浮かべる人も多いだろうが、実の所「禁断の果実」と「林檎」は無関係であるそうだ。

 

 まぁクリスチャンではない私が、勘違いしているのも無理は無い。

 

 はてさて、バラ農家はどういう流れでバラを育てているか、ご存知だろうか?

 

 概ねの生産者は、種苗会社から苗を買っている。

 

 大手で言えば、京成バラ園やキリンアグリバイオである。

 

 最近では、大手2社以外にも種苗会社があるが、大抵の種苗会社は海外の品種を販売している。

 

 もちろん日本においても育種(新品種の交配)はされているが、市場に出回っている多くの品種は、欧米生まれである。

 

 バラ農家から注文が入った種苗会社は、挿し木、接木、芽接ぎ等の手法で、需要に合わせて苗を作る。

 

 受注をしてくれる時期は決まっている様で、決まっていない。

 

 ほぼ通年生産してくれるが、我が家では10月に注文して12月には苗が届く。

 

 定植した苗は、早ければ3ヶ月、長ければ半年で花を付け、出荷される様になる。

 

 一度花を切ってしまっても、切り口から新たな芽が吹き、40日〜80日で復活を遂げ、花が切れる。

 

 苗の単価は300円前後で、その中に品種の特許料が含まれる。

 

 今後はもっと日本の気候や風土にあった、日本オリジナル品種が出てくれば面白いなぁ。と思っている。

 

 こんな説明口調に羅列されても、面白くないだろうが、お花屋さんの店頭にバラが並ぶ最初は、こんな仕組みになっている。

 

 もし、エデンの園に林檎が沢山なっていたら、きっと信州のリンゴ畑のような風景だろうか?
 

 仮にそうであっても、おいしい林檎の産地に生まれた私は、海外の甘みも水分も少ない林檎を見ても、目もくれないであろう。

 

 故に、きっと私はいつまでもすっぽんぽんで、イヴとはしゃいでいたに違いない。

 

 それも大変捨て難い。






(12/4イリオス!)


(2/7現在のイリオス!)



2009年2月4日(水)
「 Come Rain or Come Shine 〜episodeU〜  














 私の住む松川町は、その名の通り町中央部に、中央アルプスの雪解け水を湛えた松川が流れている。

 

 そして、その松川が諏訪湖から太平洋まで、延々とうねる天竜川に注ぐ豊かな土地である。

 

 今は護岸整地が進んでしまったが、かつて松川は冷たい清流清く魚のたくさんいる、しなやかな川で、天竜川は今も昔も、雄々しくうねりを巻く巨大な龍のような河である。

 

 エピソード1に記した事は、東京出張の目的の半分だ。

 

 何故わざわざ 13031日に上京したかというと、30日に若手花き生産者の集いがあった。

 

 名称が硬いのは、未だ会の正式名称が決まってないからだ。

 

 長崎県佐世保市の「ワイルドプランツ吉村」と言えば、ご存知の方も多いだろう。

 

 そこのご嫡男の吉村圭さんが企画された会で、産声高く第一回目である。

 

 圭さん曰く、

「親父達の年代は、今でも元気だし、生産者同士で仲も良い。今の若手に元気と仲間を作れる場が欲しかった。」

との事である。

 

 確かに私も、世田谷花き市場に出荷している若手とは、仲良くさせて貰っているが、他はあまり知らない。

 

 有名所の生産者となれば、市場の方やお花屋さんの口からも名前が飛び出す。

 

 東京までの高速バスに名刺入れ&名刺を忘れてくるという、大失態をしでかした私は、普段と違い消極的になってしまったが、それでも元気な若手が、哀れな私に施す様に名刺を渡して下さった。

 

 切り花、鉢物、苗物、育種、輸入業、研究機関、市場の若手が境界線無く集まって話、その後は酒を酌み交わす。

 

 酒を飲めない人にとっては、迷惑な話であろうが、「酒は人間関係の潤滑油」とは良く言ったものである。

 

 生まれも育ちも違い、「花」と「若手」というキーワードだけで集まっただけに関わらず、みんな大騒ぎして楽しく話していた。

 

 上流の川の石は粗く尖っている。下流になる程に石は丸くなり、一つの芸術品の様だ。

 

 私も彼らと切磋琢磨し、芸術品の様なバラを作れる農家のおっさんになりたい。

 

 とはいえ、今更ビリーズブートキャンプもして、アンチエイジングも欠かさない私である!





2009年2月2日(月)
「 Come Rain or Come Shine 〜episodeT〜  

 信州から高速バスに揺られ3時間半。

 

 月末にまた東京に足を運んだ。

 

 ケチの私は一度東京に赴けば、僅かな東京滞在を無駄にはしない。

 

 以前から伺いたいと思っていた、お花屋さんにアポイントメント無しで訪問した。

 

 お会いしたかった方々は、全て世田谷区で、「レ・ドゥー」の落さん、「ランコントレ」の大高さん、「花遊」の太田さん、「ブランディーユ」の落合さんだ。

 

 以上の面々をご覧になって「堀木はミーハーだな。」と思う方はいらっしゃるだろう。

 

 花業界では言わずと知れた方々である。

 

 もちろん田舎者の私にミーハー心が無かったと言えば嘘になるが、本当の所はそこではない。

 

 まずは我が家のバラを気に入って下さる奇特な方という事と、「フラワーデザイナー」ということだ。

 

 あくまで私の推測に過ぎないので、偉そうな事は言えないが、「フラワーデザイナー」の方々は大抵、自ら市場に行き、花を選び、お客様と接触も多く、デザインを考えて作品を制作する。

 

 それが、お花屋さんにとって当たり前の事かというと、そうでもない気がする。

 

 大きなお花屋さんともなれば、組織化され、店員は接客、仕入れは市場へ。という風になる。

 

 そうであれば、仕入れが仕入れて来た品種の花しか知らない店員もいるかもしれないし、消費者の動向に鈍感な仕入れもいるかもしれない。

 

 それにデザイナーの方は好き不好きがはっきりしていて、良い意味でズケズケ物を言ってくれる。

 

 雨風吹く都で、慣れない人込みと電車の乗り換えに右往左往されながら、辿り着いたのだから、色んなご意見を伺いたい。

 

 悪天候の東京を闊歩した甲斐があって、アポ無しにも関わらず、お会いしたかった皆さんにお話を伺えて、ご迷惑であっただろうに店内やアトリエで長居させて頂いた。

 

 趣味趣向、客層、社風はそれぞれ違っていても、皆さん優しい口調で異口同音に仰っていたことは、「お花は難しい事もいっぱいある。でも奥深いから面白い。」

である。

 

 まさに、生産者が普段から思っている事と、同じ事を感じられている事に感激した。

 

 ミーハーとそしりを受けても、お話を伺えて良かった。

 

 それに普段誌面で拝見している方々に「サイン下さい。」とか「一緒に写真撮って下さい。」とか厚かましく言えない所が、シャイな私の良い所でもあるんだよね!

 
















2009年1月30日(金)
「 紅潮し あずまに向かう 暁よ ほころびかける 冬しょうび  












「お花ないよ〜」

 信州では、屋外に車を止めておくと、毎朝の様に、車の窓が凍結する。

 

 元々こういう仕様に成っているのではないかと、思いたくなる程美しく氷結した窓には、雪の結晶の様な紋様も見える。

 

 ところが、先日は4月上旬の気温の日が一日あった。

 

 当日、東京より普段からお世話になっているお花屋さん数名が、我が家にお立ち寄り下さった。

 

 遠方からの訪問を、信州の天気も歓迎している様だった。

 

 来園して下さったのは、第一園芸の佐藤さん、昨年12月まで世田谷市場内中卸にてウィズを切り盛りしていたル・ベスベの松岡さん、そして2月から継いでウィズ内にて営業を始められる「foo-flo」の松橋さんと松永君だ。

 

 かなり異色の組み合わせだが、我が家にとっては必要不可欠な御仁である。

 

 引き連れて来たのは、世田谷花きの松成さん。

 

 兎も角も、私にとって一番の興味は車内の会話だ。

 

 私は一度話をし出せば、どの方とも30分以上は何の気兼ねなく会話できるのだが、果たして彼ら同士のトークに花が咲くのか気になってしまう。

 

 花はほとんど無いが、我が家の温室を見学して頂いた。

 

 松岡さんの感想は

「この品種はこれっぽっちしか作ってないのか?」

であった。

 

 それもその筈、我が家の栽培面積最小単位は1通りである。

 

 つまり、温室の入り口から奥までの1畝だけ栽培している品種が多々ある。

 

 視察もそこそこに家に上がって貰って、皆で昼食を取りながら雑談した。

 

 普段は忙しく、なかなかゆっくり話が出来ない方々と、異色の組み合わせで話が出来ただけでも、我が家にとっては有益だった。

 

 松成さんはお土産にウォッカとウィスキーを松橋さんは柚子のセットをお土産に持参してくれた。

 

 頂く時に「肉じゃないよ!」と忠告して下さった。

 

 私にも少し位は、一般常識というものが備わっている事を、声を大にして述べたい。

 




2009年1月21日(水)
「 余裕綽綽  

 知的生命体である人間は、他の動物と違って常に理性という「箍(たが)」に抑えられている。

 

 私の場合、若干「箍」が緩い。

 

 一旦トイレに行きたいと思えば我慢できないし、好奇心が沸き立てば、真実を突き止められずにはいられない。

 

 前回の生産者見学同様に、私は年間何件もお花屋さんを見学に行く。

 

 主には我が家のバラをご寵愛して下さる、お花屋さんだ。

 

 「お花屋さん」と括っても店舗や、ホテル内の作業場やアトリエも図々しく訪問する。

 

 我が家のバラがどうなっているのか、気になって仕方がない。

 

 「珍しいバラを作ってますよ!」などと、不遜な事を言っておきながら、内心はフラワーシャワーになっているんではないかと、気が気ではない。

 

 店舗やアトリエに入り、我が家のバラが都会的な雰囲気で飾られていると、本当に彼女たちが信州の山あい育ちなのかと目を疑ってしまう。

 

 先日も静岡&神奈川見学の合間に、御殿場で花屋をされている「フローリストBABA」さんを訪れた。

 

 綺麗で優しそうなスタッフの方と可愛らしい店内を見て、こういう所で我が家のバラが活躍の機会を与えられる事に感激した。

 

 しかも、大きなワインボトルを購入しようとしたら、あろう事か何個も譲ってくれた。

 

 普段から我が家のバラをご贔屓にして下さるだけには留まらず、不躾に訪問したのに商品まで頂戴してしまった。

 

 気が引けたが、頂いたワインボトルの分までこれからも良いバラ作りをしようと思った。

 

 そういう事では、気が引ける私だが、いざ食事の時に肉を目の前にすると、飢えた狼の様に喰らい付き、他人の目や理性など全くお構い無しだ。

 

 本能に抗うことは出来ない。

 

 哀れな男だとお思いであれば、肉をお譲り下さい。











2009年1月20日(火)
「 蒼白く  











 「親バカ」という言葉は存在するが、「子バカ」という言葉はあるのだろうか?

 

 遺伝子に組み込まれた、幼子を可愛がるという行動から人間は、目を背ける事はできないのだろう。

 

 「親思う心に勝る親心」と昔から言うように、親心には所詮親孝行は勝てないものだ。

 

 私の父を見ていると、子バカながら感心する所がある。

 

 父は、少し仕事の手が空いたり、行き詰ったりすると、近くの生産者の温室にふらっと見学に行く。

 

 そこで、例え自分より後輩の生産者がやっている事でも、興味を持てば教えを請い、我が家へ持ち帰り実践してみる。

 

 自分より経験が浅いからとか、若年だからという侮りがない。

 

 私も父を見習って、機会があれば遠方にでも足を伸ばし、人様の温室に足を踏み入れる。

 

 先日も2日掛けて、静岡県の後藤バラ園、神山バラ園、芹沢バラ園、神奈川県のソエダローズアベニュー、熊沢ばら園を見学してきた。

 

 どれも国内屈指の個選生産者だ。

 

 私の様に、未だ生産に疎いバラ屋では、大した質問も出来ず、只々感嘆の溜息を臓腑から吐き零す事しか出来ないが、温室の風景を脳裏にしっかりと焼き留める。

 

 全部は理解できなくとも、経験する事が大切だと思うし、何れ理解できるかもしれない。

 

 疑問を持ち帰り、父に話すと案外すんなりと解決する場合もある。

 

 これからも多くの生産者を訪問し、少しでも盗める事は盗みたい。

 

 「モチベーション」とは、中々一人では長続きし難い。

 

 自ら刺激を与えて、マッチの火の様に赤く一瞬で燃え上がる赤い火ではなく、蒼白く高温で安定して燃えるガスの火の様な志しを持ちたい。

 

 ところで童顔というのは、顔と比較して目が大きい事と鼻筋の短い事が条件らしい。

 

 ぱっちりお目々とちょこんとした鼻を持てば、三十路であっても赤子と対等に可愛がられるかもしれない。

 

 顔に変化は現れないが、何故か自然と幼児体形になってきている。

 

 これで何処の生産者を訪問しても、可愛がられる事請け合いだ。




2009年1月13日(火)
「 腕(かいな)  

 何処で聞いた話か記憶は定かではないが、人の幸せとは、その人が手を伸ばして届くところにあるという。

 

 人間は欲深い動物だが、いくら大金持ちになっても、人気者になっても、身近に大切に出来る存在がいないと幸せになれないという教訓だろうか。

 

 松の内も明け、信州は日に日に寒さを増す。

 

 山脈は神々しい程、白く聳える。

 

 我が家は、年末年始の選定作業を終え、肥料も撒き、藁も敷き、落ち葉も履き終わると、仕事は少し一段落する。

 

 高冷地と言っても、ほぼ周年採花をする我が家は、今まで冬場であってもそれなりに仕事があったのだが、今年は違う。

 

 5棟ある我が家の温室の中で、品種の入れ替えや休眠をさせる温室が3棟に及んでしまった為、例年になく今年の冬は暇だ。

 

 出荷もほとんど無く、品種数も20余りあったのに今や僅かに5品種だ。

 

 選花も箱詰めもすぐに終わってしまう。

 

 新しく植えられたバラ達はふかふかの藁の中でゆっくり育ち、剪定されたバラ達は春に向けて芽を膨らませる。

 

 忙しさに感ける事無く、バラ達の成長を拝めるのも何やら幸せを感じる。

 

 人にはそれぞれ身の丈にあった幸せと言うものが与えられるらしい。

 

しかし身長180cmと150cmの人間では、身の丈とリーチと幸福に30cmの誤差が生じる。

 

強欲な私は、180cmの幸せでは物足りず、ピボットターンで多くの幸せを掴みたい。

 

小人族の方々も反復横跳びで幸多き日々を歩んで頂きたい。

 







       「ふあぁ〜ぁ」



2009年1月8日(木)
「 初め  

 あけましておめでとうございます。

 

 と言っても、新年明けて既に1週間以上経過している。

 

 年末年始というものは、若干浮かれ気分で早々に過ぎていってしまうもので、年明けの実感とは私にとって、この位に身に沁みてくる。

 

 書類や伝票に書く年が平成20年から21年になっているし、西暦もまた一つ大きくなった。

 

 年が変われば、何事も再スタート出来る様な気がして、新年の目標などを立ててみたりする。

 

 我が家においては少し寂しい新年のスタートとなった。

 

 積年共に働いてきた軽トラックが廃車になった。

  12月をもって廃車になったその車は、我が家において20年間働いてくれた。

 

 堆肥を運んで泥だらけになったり、バラの株を満載にして運んだり、ワラを積載量限界まで積んで走ったり、毎日の様にバラを運んでくれた。

 

 それ以外にも家族を送り迎えしてくれたり、ガードレールにぶつけられたり、街中で急に止まってしまい道路に立ち往生したこともあった。

 

 数多くの農機具を使う農家にとって、道具とは同僚であり、家族である。

 

 年明けて一週間経つと、彼がいなくなった事を殊更痛感する。

 

 それでも新春だ!

 

 11月下旬から始まった忘年会、クリスマス、年末年始のバカ騒ぎ。

 

 1ヶ月以上にも渡り肥え太った体に鞭打ち、感謝の気持ちを持って、今年も一年頑張ろう!

 

 まずはダイエット!