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 堀木園芸のブログは、筆者が謁見、拝聴、体験した事を先方の許可なく掲載させて頂いております。

 ご抗議や削除を求められる方は、
下記のアドレスまで、ご連絡下さい。



  堀木 園芸

horiki_rozen@ybb.ne.jp



Weblog  ブログ


2008年2月29日(金)
「 そうなんです。  

 「おのこやも むなしかるべき よろず世に 語り継ぐべき 名はたてずして(山上 憶良)」

 

 私はスノーボードが大好きだ。もう中学の頃から毎冬狂ったように、すべりに行く。

 

 先日も先輩と二人で滑りに行った。

 

 先輩が超穴場のゲレンデを見つけ出し、訪れてみると穴場も穴場。

 

そこはスキー場ではなく、旧式のリフトが稼動しているだけの雪山であった。

 

午前中に中初級者用の広大なゲレンデで体を温め、全長13kmのロングコースへと漕ぎ出した。

 

しかし、そこはスキー場と呼ぶには恐れ多い新雪地帯で、緩斜面では板が沈んでしまい、滑走しては前に進めない。

 

粉雪舞う中、2時間以上、膝上まである新雪の中をひたすら歩く。

 

体力には自信がある。天候もさほど悪くなかったので楽観視していた。

 

しかし、携帯電話は圏外、吹雪いてホワイトアウトになれば流石に生命の危機を感じざるを得ない。

 

先輩と先頭を交代しながら、縦列になって進む。白銀の世界は天国と地獄の表裏一体だ。

 

冒頭の一首は「男として生まれ、後世に語り継がれる名前を残さずに死んでいくのは無念だ。」と詠った歌だ。

 

普段「生」というものを当たり前に感じている私にとって、「死」を体感させる経験であった。

 

私として生まれ、いつかは必ず死んでいく無情のこの世に、バラをもって後世に名を残したい。

 

私が死んだ後でも誰かが「昔、長野の堀木という生産者は素晴らしいバラを作っていた。」と言ってもらえるように、今ある「生」を力一杯生きて行きたい。

 

生還して一気で飲んだビールの喉越しと、今日も体中をほとばしる筋肉痛、日常の仕事に戻り、体に刺さるバラの棘が、息吹の有難さを文字通り痛感させる。











2008年2月26日(火)
「 兆し  


アンネマリー!


ロマンチックキュリオーサ
  

 最近の松川は暖かい日が続く。

 

 今日は久しぶりに寒く、午後からは雪の予報だが、いよいよ彼女達が帰ってきそうだ。

 

 折込み、剪定という長期バケーションを終わらせて戻ってきた第一号は「アンネマリー!」

 

 来週の月曜日には「ロマンチックキュリオーサ」ちょろちょろと市場に顔を出しそうだ。

 

 土耕のバラ達も順調に蕾を膨らませている。

 

 「イントゥリーグ」「パパメイアン」「ザ・プリンス」「イリオス!」「アブラハムダービー」

 

 3月中旬には帰ってきそうだ。

 

 ウェールズのお姫様もその頃だろう。彼女は流石に姫なので悠長に育つ。

 

 「ジプシーキュリオーサ」「ワンダーウォール」「バイアモーメント」「オレンジジュース!」は6月下旬まで、まだまだ養成させる。

 

 あれ程、小さく切り戻したのに、小さな芽だったのに太陽に向かって力強く大きくなった。

 

長い冬を抜けいよいよ重油代で冷えきった我が家に春が訪れる。

 

 収入が減ってガリガリに痩せ細っているはずの私は、何故か秋より肥えている。

 

 生命の神秘ってホント不思議だよねぇ。


2008年2月21日(木)
「 完全無農薬  

 私は長野県農業大学校で農業の基礎知識を学んだ。

 

 「学んだ」と豪語しても実際は、金髪頭でチャラチャラした格好をして不定期的に授業に出ては睡眠学習に勤しんだ。

 

 優等生と言うものには程遠い存在であった。

 

 我が家のバラ「ブライダルピンク」はお局様といっていい程、大御所である。

 

 品種の移り変わりが多いバラの世界において、パテントが切れても尚、切花業界に残っているバラは奇跡に近い。

 

 良く市場からは「もう辞めれば。」などと非常なお言葉を頂くが、日柄の良い婚礼の多い週は注文も良く入り中々の稼ぎ頭だ。

 

 もう土耕で定植して13年ほど経つ。

 

 樹もだいぶ老齢化してきたが、まだまだ沢山の花を咲かせる。

 

 しかし、最近は気がつくとカイガラ虫に侵食されている。

 

 本来は硫黄合剤が有効なのだが、現在使用しているハウスの資材に悪影響を与えるため使用できない。

 

 色々調べたが、農薬散布のポンプで水を送り、ジェットノズルで彼奴らを吹き飛ばすことにした。

 

 樹一本一本にジェット水流を当て、カイガラ虫を退治する。

 

 時間もかかるし、面倒くさい作業だ。

 

 大学の時、講師の先生が最大最強の農薬は「テデトール」と「ハイツクバール」だと言っていた。

 

 勘のいい私はご満悦のオヤジギャグに苦笑と共に冷たい視線を送ったものだ。

 

「テデトール(手で取る)」「ハイツクバール(這い蹲る)」

 

しかし、今となってはマスクも手袋もいらないこの害虫駆除が大変気に入っている。

 

バラの木の間からこぼれる光に水しぶきが光り、藁が香る。

 

私も将来自信を持って、完全無農薬のオヤジギャグを言い、冷たい視線を浴びたいものだ。






 
2008年2月16日(土)
「 Girls Be Ambitious  
 
  グランス   フラジール  イントゥリーグ   アンネマリー!
        
 オリエンタルキュリオーサ ロマンチックキュリオーサ  ジプシーキュリオーサ
                   

 冒頭に添付してあるバラを先ずご覧頂きたい。

 

 この我が家のバラには共通して一人の女性が強く関わっている。

 

 言ってしまえば彼女の一声で我が家での生産に踏み切ったバラもある。

 
 彼女はどういうわけか我が家のバラを気に入ってくれ、私が市場で働いている時も色々と花のことを教えてくれた。

 

 今となっては、我が家は「珍しいバラ」「変わったバラ」を多く作っている生産者になったが、それまではオーソドックスな品種しか生産していなかった。

 

 オーソドックスと言うと聞こえはいいが、我が家の様な小さな農家であっては、共選となんら変わらぬ地味な生産者であっただろう。

 

 彼女は積極的に我が家の品種植え替えに意見してくれた。

 

 当然、中卸しで働く彼女にとって、我が家に導入したバラは必要なバラであったのであろうが、私欲と言うよりも「生産者を育てる」という行為であった。

 

 彼女の意見に助けられた生産者も少なくないであろう。

 

 私も当時は店員と間違われるくらいに、暇があれば彼女の店に訪れ、センスの良い花を見て目と相場観を養ったものだ。

 

 彼女の男勝りのキップの良さとカラッとした小粋な性格は道産子だからなのだろうか?

 

スタッフもいつも笑顔でお客様も多く、市場の人間も溜まり場のように群がっていた。

 

私は彼女に「花」とそれに関わる「人」を好きでいる事が、花業界にいることの一番重要なことだと教わった気がする。

 

そんな彼女が長年働いていた会社を先月退職された。

 

送別会に足を伸ばすと、気を落とす所か、やる気に燃えた目を爛々とさせ、これからの自分の野望に少女のようにウキウキしていた。

 

彼女のバイタリティには遠く及ばないかもしれないが、今後私は少しでも彼女に恩返しできるように、一本でもいいバラを、一本でも安定して育てられるように成りたいと思っている。

 

松橋さん有難うございました。お疲れ様でした。そしてこれからもよろしくお願いします。

2008年2月9日(土)
「 可愛い子には旅をさせろ 〜後篇〜  




            




 2日ばかりの産地&お花屋さん見学ツアーなのに、前・中・後編に到ってしまったのは、いかに充実した2日間だったということが言えるだろう。

 

 それとも文章をまとめる力が私にないのか・・・。

 

 「鴨ザル蕎麦」に舌鼓を打ち、秋山さんに別れを告げ、我が家のお得意様である平塚市の「オディエ」というお花屋さんに伺った。

 

 「オディエ」には私が「ル・ベスベ」で修行していた時の店長が転職して働いている。

 

 「オディエ」に入ると久々に彼女(元店長)と再開した私より、隣の森谷さんと「オディエ」の松木さんの歓声が上がる。

 

 お2人のうろたえ振りにしばらく静観していると、どうやら森谷さんが青山生花市場で修行していた時に、良く仕入れに来られていた女性が現オディエの松木さんだったようだ。

 

 花業界は業界内の移動がとても多く、「どこまで言っても花に魅了された人間は抜け出せないのだなぁ」と痛感させられる。

 

 お茶をご馳走になり、洗練された店内を拝見した後、お土産まで頂いて店を後にした。

 

 その後、同乗者が皆、爆睡している間に保土ヶ谷JCで行き先を間違える。というトラブルはあったものの、次の目的地「ムサ・ジャパン」へ到着した。

 

 「ムサ・ジャパン」は横浜で婚礼の装花を主にしている大きなお花屋さんだ。

 

 デザイナーの関さんも有名だが、専ら私は仕入れの木村さんにお世話になっており、久し振りにお会いできた。

 

 私の運転はその後の東京まで終わった。

 

 つまり私にとっての産地&お花屋さん見学ツアーはここまでとなる。

 

 この後、まだまだ余談はあるのだがそれはまた次回に。

(落ちもなんにもねぇな・・・)
2008年2月7日(木)
「 可愛い子には旅をさせろ 〜中篇〜  

 我が家の朝は早い。

 

 最近は日の出がまだまだ遅い為、大した事はないが、夏場になれば5時過ぎにはバラを切り始める。

 

 朝食はバラ切り後なので、切ってきたバラを冷蔵庫にしまう頃には腹ペコである。

 

 というわけもあり、朝働いていない日など朝飯の入る余地はない。

 

 「働かざる者食うべからず」を実践しているのだ。

 

 なので今回のような遠出をして宿泊する時は、朝食を取らないで時間ぎりぎりまで寝る。

 

 決して惰眠を貪っているわけではない。

 

 出発時間にはビシッときめて本日は神奈川県平塚市へ。

 1件目の「大沢園芸」さんはブライダル需要の高い淡い中輪系のバラが多く、栽培方法は土耕切り上げ式だ。

 

 土耕きり上げ式はしなやかで小振りな花ではあるが、採花本数が多く。土耕特有の力強い仕上がりになる。

 

 2件目の「藤間バラ園」さんは、ここ最近世田谷花き市場に出荷を始めたようで、お花屋さんからの評判を耳にしたので大沢さんに紹介してもらい、連れて行ってもらった。

 

 藤間さんはイングリッシュローズの栽培が大半を占めていたようであるが、最近では徐々にモダンローズに戻しているようである。

 

 モダンローズにアンティークタッチのものが増えてきているのと、イングリッシュローズの栽培の困難さが伺える。

 

 3件目の「秋山農園」さんは、頭の大きく品質良いカーネーションとダスティーミラーなどセンスのいい葉物を生産されている。

 

 何故私がカーネーション農家にお邪魔したかと言うと、ご存知の方も多いであろうが秋山農園の若旦那さんは青山市場・世田谷花きでセリ人をやっており、私が市場に勤めている時も大変お世話になった御仁である。

 

 秋山さんに置かれても、生産したカーネーションなどの殆どが契約生産になっており、生産者の理想の先を行く生産をされている。

 

 午前中に三軒訪問するという強行ツアーではあるが、何とか若干時間を押し気味で回ることができた。

 

 時間も正午を回ったくらいであったのもあり、秋山さんが昼食に誘ってくれた。

 

 向かった先が蕎麦屋であった為、私は

「蕎麦ぁ?信州人を県外で蕎麦に連れてくとは! 神奈川って言ったら・・・・・肉だろ肉っ!!(←知らない)」

と思っていたら、そこの「鴨ザル蕎麦」が絶品で私の貧乏舌に霹靂が走った。

 

 鴨の味も分からぬ上、神奈川の蕎麦屋を心で嘲り、その上、秋山さんにご馳走までなってしまった。

 

 自らの傲岸不遜に嫌気が差した。

 

全く、「驕る堀木は久しからず」である。




















2008年2月6日(水)
「 可愛い子には旅をさせろ 〜前編〜  

 
  






 先週、金・土曜とお隣バラ園の「森谷萬花園」さんと産地&お花屋さん見学会に行ってきた。

 

 初日の金曜日は河口湖から富士山を横目に御殿場・芹沢バラ園、沼津・後藤バラ園に立ち寄った。

 

 両バラ園とも同世代のJrがいて、しばしば交流がある。

 

 芹沢バラ園はやはり銘花「テレサ」で有名であるが、近頃はイングリッシュローズやアンティークタッチなバラに力を入れており、見応えのある温室であった。

 

 当の芹沢Jrといえば近々ご結婚されるらしく、満面の笑みであったが、それについて私は一切触れないでおこう。

 

 一方、後藤バラ園は数年前からオリジナル品種の育種に力を入れており、その多くが専売契約を結ばれているらしく、我が家からすれば理想のバラ屋の形態をとっている。

 

 茶褐色の親父さんと幾分色の薄い息子さん、またもや茶褐色のチョコラブラドール「虎」はいつも暖かく、我々信州人を迎え入れてくれる。

 

 その後、神山バラ園に向かおうとしたが、突然連絡して伺うという無精が災いしてお留守であった為、一同肩を落として宿へと向かった。

 

 宿に到着して、別件で静岡訪問している生産者チームと落ち合う。

 

 温泉につかり宴会を待つ。

 

 宴席には大田区のお花屋さん、地元のお花屋さん。信州上伊那の生産者の入江さん、唐木さん、岡野君。同県の資材屋さん。東京のバラ屋の宮本さん。千葉のガーベラ屋の鷺山君。先程お邪魔した芹沢バラ園の新婚夫婦がおり、皆旧知の仲である為宴席は盛り上がった。

 

 私も地ビールをピッチャーで飲み大変満足であった。

 

 2次会となれば会場は客室に移り、留まることを知らぬ花談義に盛り上がった。

 

 後から話を聞くと深夜2時過ぎまで話していたそうな。

 

 育ちの良い私はご機嫌で早々に床に付く。

 

 決して酔い潰れたわけではない。早寝早起きがモットーなのだ。


2008年2月2日(土)
「 葉っぱかい?  

 よく私が「土耕は仕事が大変だ」「土耕は手間がかかる」と馬鹿の一つ覚えの様に言っているが、水耕栽培にも面倒臭い作業があった。

 

 それが「落ち葉掃き」である。

 

 水耕栽培は温室の地面全体に養生シートの様なものを張り、雑草の繁殖を防いでいる。

 

 その為、土耕と違い地面に落ちた葉っぱは、いつまでも腐食することがなくシートの上に降り積もっていく。

 

 一説によると、その落ち葉のベッドが病気や害虫の温床になっているとも聞く。

 

 12月、1月と新品種、品種更新に躍起になっていた為、在来の品種のハウスはお留守になっていて、葉っぱも大量に溜まっていた為、数日かけて掃き集め、温室外へ運び出した。

 

 400坪の温室を全て掃くと相当量の葉っぱとなるが、それ以上に大変なのは埃だ。

 

 どこからこんなに土が入ってきたのか、乾燥した土埃が濛々と立つ。

 

 これは一体焼き芋何人前が出来るのであろうかと思いながら、箒を両刀にして掃く。

 

 この枯れ葉はとても栄養価が高く、植物の根元に敷いておくと木が良く育つ。

 

 我が家では温室の横に植えてあるタラノキの根元に撒く。

 

 山菜王国の信州ではタラの芽はそれ程上等な山菜ではないが、春にはぷっくりした新芽を芽吹かせる。

 

 外は氷点下に毛が生えた程度の温度しかないが、温室というだけあって温室内は20℃以上になり、体には外気温とは無関係に汗が滴る。

 

 昨日飲んだ酒と、普段から溜めに溜めている老廃物がダラダラと流れ出る。

 

 温室内も綺麗になって、私の体も綺麗になって、タラノキも育つ。

 

 普段から散らかすしか能がない私も、掃除の魅力に惹かれそうだ。(無いな・・・)














2008年1月28日(月)
「 先んずれば人を征す  



 





 今月14日に何があったかご存知であろうか?

 

 「ローズデー」という日であったらしい。

 

 「大切な人にバラを贈ろう」というコンセプトらしく、何ともバラ屋にとっては有難い記念日なのだが、何故「14日」なのだろう?

 

 調べてみたら意外と安易な理由であった。

 

 とどのつまり「バレンタインデー」の214日に掛けてある様だ。

 

 となれば、114日「ローズデー」、214日「バレンタインデー」、314日「ホワイトデー」と年明けから足掛け3ヶ月ほど14日は「愛」がテーマとなるようだ。

 

 お隣さんの韓国においてはこれに4月「ブラックデー」、5月「イエローデー」とわざわざ一人身さん用のイベントまであるそうだ。

 

 しかしながら、そんな事をしているのはアジアだけで、発祥の地であるヨーロッパではバレンタイデーは「大切な人に愛と感謝を伝える日」であるようで、恋人同士、夫婦同士に限ったものではないようだ。

 

 そういう事ならば、本来の「バレンタインデー」は「ローズデー」も「ホワイトデー」も兼ねている。

 

チョコレートや砂糖菓子を贈る習慣も特に無く、多くの場合メッセージカードぐらいであろう。

 

 とはいえ我々嗜好品を商売にする人間にとって、イベント商戦はあればあるだけ嬉しいものだが、「愛」を具現化したような存在の花なのに、菓子業界や宝飾業界には遅れを取っているのではないだろうか?

 

 そこで気付かされるのが「ローズデー」である。

 

 つまり、114日「男性が女性に愛と花を贈る。」←種まき

214日「女性が男性に気持ちとチョコレートを贈る。」←芽吹き

314日「男性が女性の気持ちに答え砂糖菓子(今は宝飾品が主流らしいが)を贈る」←開花

となる。

 

 要は何もしないでおいて214日に女性からチョコレートを貰おうなどと考えている輩は甚だ甘い。ということだ。

 

 上記の簡単かつ確実性の高い方程式を行うだけで、きっと下駄箱から溢れんばかりのチョコレートが214日には貰えるのであろう。

 

 そしてバラも売れれば万々歳である。

 

 とはいえ「ローズデー」の存在を軽視し、先手を取り損なった私には今年も期待薄であろう。

 

 酒飲みだけど甘いものも好きなのに・・・・
好きなのに・・・・。


2008年1月24日(木)
「 美しいものには棘がある  

 小心者の私はこういう話をすると女性に毛嫌いされるのではないかと、内心恐縮してしまう。

 

 自ら率先しては行かないが、付き合いで「キャバクラ」に行くことがたまにある。

 

 「キャバクラ」とは「キャバレークラブ」という造語の略称だが、別に猥褻な行為があるわけでもなく、女性に隣に座ってもらって談笑したり、お酒を飲んだり、といったところでる。

 

中年へのスタートラインに立っている私ぐらいになると、若い女性とも話す機会がなくなってくる。故に物珍しがって店内をキョロキョロしてしまう。

 

「キャバクラ」歴が長くないので、詳しい事はわからないが店内には綺麗な女性や若いお嬢さんが意外と多い。

 

そういう子と話す機会があれば決まって私の好奇心が蠢きだし

「なんでキャバ嬢(キャバクラで働く女性の事)やってるの?」

と明らかに「ウザイ!」と思われそうなことを聞いてしまう。

 

 昨年12月に定植した水耕栽培の「オレンジジュース!」と「ジプシーキュリオーサ」の2品種がめきめきと成長している。

 

 1020cm位で小さい葉っぱと透き通る様な茎をしているくせに、確りと棘を付けている。

 

 触ってみてもゴムの様に弾力があり一向に痛くないが、幼い頃からバラの風格を放っていて愛らしく思う。

 

 このまま順調に成長を遂げ、梅雨が明ける頃には立派な棘と花を付け信州から各地へと嫁ぐのだろう。

 

 その日が待ち遠しい。

 

 どんな職業や生き方をしている女性でも、彼女達なくして男は生きていけない。

 

 特に私のようなダメ男は尚更だろう。

 

 女性にはバラの花の様に美しく、バラの棘の様に強くあって貰いたい。とか思ったり思わなかったり・・・・ごめんなさい。









 
2008年1月22日(火)
「 Walla-alla  





 松の内も明け正月気分もほとほと醒め、いよいよ如月を間近に控え寒波厳しくなってきた。

 

人様もさぞや寒かろうが野に生きる植物は尚更であろう。

 

良く坊っちゃん育ちや箱入り娘などを「温室育ち」ともいうが、我が家の姫たちも当然手塩に懸けて温室育ちである。

 

特に土耕は大変手間がかかる。

 

先日も身長父173cm、私180cmが這いつくばって温室中に藁を敷いた。

 

温室に藁を敷くと土壌の保湿・保温効果があり雑草の生育も妨げる。

 

また我が家はVS菌(有益根圏微生物の総称。土壌中の有害な雑菌などを駆逐し、根毛を守り、消毒回数・濃度を減らし、土壌病の発生も少くなり、人にも環境にも優しい。)を使用しているので菌の繁殖にも有効である。

 

しかし株間一つ一つに手で藁を敷いていくのは思いの外、重労働ではある。

 

それでも幼い子供の首元に布団を掛ける様な気持ちで敷いていく。

 

それにしても流石に8,000株以上になれば子沢山にも程があり過ぎる。

 

「アルプスの少女ハイジ」でハイジがお爺さんのうちにやって来て干草の上にシーツを敷いてもらいベッドにするというシーンがある。

 

私も睡眠不足で二日酔いの時など、何度温室の通路の藁の上で横になろうかと思ったか・・・。

 

いつか欲求に抗えず朝の花切りの途中でペーターと雪ちゃんの夢を見ながら爆睡してしまう日もくるのだろうか?

 

そう思うと藁を敷く手もより綿密に働くというものである。


2008年1月19日(土)
「 青林に 慕え冬青の 愛しさよ  

 今日友人が結婚式を挙げる。

 

 元々学年が一つ違う為、以前はそれ程親しくはなかったが、同じ地元に住む自営業同士、地域の活動で顔を合わせ、酒を酌み交わすうちに馬が合いしばしば連るんでいる。

 

 一ヶ月ほど前に会場装花とブーケを依頼された。

 

 友人のブーケぐらいは手掛けたことがあるが、会場全体となると初めてなので少し緊張したが、賤しくも一年間「ル・ベスベ(青山のお花屋さん)」で修行したのだ。自信を持ってお受けした。

 

 久々の大仕事とあって入念に準備をし、製作中も楽しんで活けることが出来た。

               

 製作に当たってメインの花となるバラは冬場といえど十分にある。しかし、小花や葉物がないので小花は固めのバラの蕾を利用した。

 

 葉物は夏場であれば山国信州は至る所に木々が茂っているが、1月となれば周りは一面モノクロームの世界。流石に地物では無理かと諦めかけた。

 

 しかし、ものは試しと雑木林を犬と散策してみた。

 

 案の定、林の中は針葉樹ばかりでなかなかブライダル相手に結構なものは見当たらなかった。

 

 それでもブラブラしていると赤い実を付け青々としている葉っぱが見えた。

 

 寒風の中を然も心地よさげに戦いでいる木があった。

 

 名前もわからず鋏を入れ必要な分だけ持ち帰った。

 

 花好きの祖母に聞くと「そよご」という名前らしい。

 

 聞きなれない名前に何度も聞きなおし忘れ、また聞きなおしたら祖母が

「そよそよしているからソヨゴと覚えな」と言った。

 

 八十代のギャグセンスはこんなものかと失笑し、製作に打ち込んだ。

 

 それでも意外に使えた「そよご」が気に入って、自室に帰って調べてみると本当に「風に揺れ、戦ぐところから(そよご)の名が付いた」と図鑑に書かれていた。

 

 しかも「冬青」とかいて「そよご」と読む。

 

 木々が青々と茂っている夏場には見向きもしない木が、冬場の厳しい寒さの中でも艶やかな葉を揺らし戦いでいるのだ。

 

 今日結婚式を挙げる友人に厳しく辛い時が訪れても「そよご」の様に強く、美しく、夫婦仲良く連れ添って欲しい。




  






 

2008年1月15日(火)
「 I wanna be  






 もう67年経つであろうか、まだ私が加齢臭とは無縁の頃に私と同様に就農を志す友人と議論を交わしたことがある。

 

 議論といっても大した議題ではないが「人は働くために生きているのか。生きるために働いているか。」であった。

 

 私も生来頑固者であるので当初から「生きるために働く」という意見を曲げなかった。

 

 友人も元々は私と同意見であったようなのだが、農業という休みもなく拘束時間も長い仕事を生業としているうちに、僅かな余暇の為に働くという事への矛盾を感じたらしく「働く」そのものが「生きる」ということなのではないかと感じたらしい。

 

 この議論を結論へ導くことはできなかった。

 

 それもそうであろう。人によって仕事への取り組み方は大きく異なる。

 

 誰もが「やりたい事」があって仕事をしているわけだが、やりたい事が「仕事」そのものなのか、仕事をして得た「報酬」を使ってやりたい事なのか。

 

 この原点が違うだけで最早仕事へ対する意識は大きく違うであろう。

 

 先日、仕事終え、入院している後輩の見舞いに行った。

 

 病棟の喫茶室で小一時間程他愛もない話をした後、一緒に見舞いに行った友人と帰宅がてら呑みに行こう。となった。

 

 居酒屋へ向かう道中、歩道に目をやるとおばあさんが一輪車で白菜の山を運んでいるのが見えた。

 

 時刻は既に7時を回っており、冬至を過ぎ徐々に日が長くなっているとはいえ辺りは真っ暗である。

 

 年が半分もいかない私が暖かい車の中でヘラヘラと呑みに向かう中、日も暮れ、寒い中まだ仕事をしているおばあさん。

 

 普段、誇大に「仕事が」「生産が」などと言っている私自身が恥ずかしくなった。

 

 生きる為に働くのか?働く為に生きるのか?その答えに未だ辿り着くことは出来ないが、「働き者の日本人」の名を汚さぬよう仕事がしたい。


2008年1月10日(木)
「 会うは別れの始まり  

 印象を人の心に刻み付けるとは意識して出来る事であろうか?

 

 昨日「ミステリー」というバラを探して欲しいと頼まれた。

 

 私の矮小な伝手を辿ったが生憎見つからなかった。

 

 先方の詳しい事情は存じ上げないが、そのお花屋さんはどうしても「ミステリー」が必要だったのだろう。

 

 「ミステリー」は一時期では良く市場に流通していたのだが、最近ではあまり見ない。

 

 「ああ、あの花よかったのにねぇ。なんでなくなっちゃったんだろう。」

 

という話は良く聞く。

 

 銘花だから綺麗だからといっても切花業界に残ることはできない。

 

 毎年多くの新品種が市場に現れ、その数と同量、もしくはそれ以上の品種が流通という荒波から脱落していく。

 

 バラの品種数は他の花よりも群を抜いて多い。

 

 人々の記憶にも残らない品種も多いだろう。

 

 我が家で昨年定植した品種が芽吹き、日一日緑を濃くしている。

 

 彼女達も少しでも多くの人のお目にかかり、僅かでもいいから誰かの心に刻みついて欲しい。

 

 例え流通の嵐に飲み込まれて水泡に帰しても、「あのバラ良かったね。」と言ってもらいたい。

 

 私も少人数でいいから「ミステリー」のような誰かの心に名を刻める生産者に成長したいものだ。






2008年1月5日(土)
「 武士は食わねど高楊枝  

 食事をすることが嫌いな人は世の中にいるのだろうか?

 

 よく中国人は食器とテーブル以外は全て食べる。とかフランス人は食べるために生きている。などとブラックジョークを耳にするが、人間の雑食性は凄まじいものがある。

 

 グルメ・大食・スローフードブームの昨今。人々の食に対する意識とお金の使い方にはエンゲルさんもドイツでびっくりしているであろう。

 

 そもそも食欲というものは三大欲求の一角を担うほどの大きな存在であり、生命を繋ぐ基本であるのだから重要なのは凡庸な私でも重々承知なのだが、ここまで毎日の様に目にする食に対する過剰な情報には満腹時には吐き気すらする。

 

 近年の食に対する意識などというものは最早、栄養摂取などではなく嗜好の存在なのだろう。

 

 嗜好品の一端である花はどうであろう?

 

 稀にニュースなどで取り上げられるが、主役としてメディアで取りざたされる事はない。

 

 同じ一時の贅沢という意味では同様に扱って頂いてもいいようなものだが、扱いとしてはハリウッドスターと無名若手芸人くらいの格差がある。

 

 以前、何故散り際美しい桜を日本人は賞するのに、花足の早いバラを倦厭するのだろうと疑問に思っていたことがある。

 

 人に聞いてみたところ答えは簡単であった。

 

 「タダだからだよ。」

 

 そういえば花見と名乗る桜見学は概ね無料である。

 

本物の嗜好と贅沢とは何であろう?

 

一日の仕事を終え、夕闇迫る中、好きな音楽を聴きながらゲレンデへ向かう。

 

不恰好に握られたおむすびを鼻歌混じりに両頬へ押し込み口いっぱいの米を貪る。

 

そんな日常が至高だと感じる私にはグルメやセレブなど知る由もない。




2008年1月3日(木)
「 謹賀新年  

 明けましておめでとうございます。今年も皆様にとって良いお年であるように、そして今年もこのHPで多くの皆様に我が家のバラをご紹介できるよう努めてまいります。

 

 さて、よくTVコマーシャルで「年賀状はお早めに!」などと耳にするが、元来年賀状というものは年始の挨拶に直接伺えない為に年始の挨拶を葉書に認め送る。というものらしい。

 

 だとすれば、旧年中にさっさと書いて投函するということは念頭から年始の挨拶に伺う気など全くないということになる。

 

 やはりお世話になっている方々には直にお目にかかって挨拶をするのが当然だろう。

 

 そうであっても所用や遠方で会いに行けない場合はやむを得ず年賀葉書を出すということになる。

 

 だから元日に手元に届かなくても気を悪くしてはいけない。

 

 もしかしたら直接会いに来ようとしているかもしれない。

 

 直接挨拶がしたくて年賀状は書いてないかもしれない。

 

 言い訳なのかもしれない。